『ブリクセン/ディネセンについての小さな本』を子ども時代より刊行。詳細はこちら。
79.「愛とは何か」を科学する
『「愛とは何か」を科学する:人が人を愛するとき、脳と心で何が起きているのか?』が誠文堂新光社から発行されました。作者は『闇の脳科学』がおなじみのローン・フランクです。
78.「恥をかくのが怖い」から解放される本
『「恥をかくのが怖い」から解放される本 自己肯定感を高めて、自分らしく生きるレッスン』(イルセ・サン著、誠文堂出版社)が発売になります。HSPについて書いた『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』が人気の著者による最新作です。どうぞよろしくお願いします。
73.地球で暮らすきみたちに知ってほしい50のこと
『地球で暮らすきみたちに知ってほしい50のこと』ラース・ヘンリク・オーゴード 著 枇谷玲子 訳 晶文社
(どんな本? この本との出会い)
本書『地球で暮らすぼくたちが知っておきたい50のこと 宇宙の誕生から社会と人生の問題まで』は、今のデンマークで最も読まれている子ども向けの科学ノンフィクションのひとつです。本作にはじまるシリーズは、2作目の『月は何でできているの?――博士への50の新たな質問』(2016年)(2017年オーラ賞ノミネート作)とあわせておよそ3万部(デンマークの人口はおよそ580万人なので、日本の人口に換算すると、60万部に相当)売れています。
この本はデンマークの児童書書店やブックフェアでも大きく扱われていました。また2020年に2作の合本版『世界に存在する最も大きなものは何? ――博士への101の質問』までもが刊行されたことからも、この本がデンマークの子どもの疑問に答える科学書の定番書の地位を築いていることが分かります。
(ゆっくりと時間をかけて書かれた本)
https://www.berlingske.dk/emne/lars-henrik-aagaard
この本は元々はベアリングス紙という新聞社が出している子ども抜けの『キッズ・ニュース』の質問コーナー『博士に聞こう』で、著者であるジャーナリストのラース・ヘンリク・オーゴードが、子ども達から実際に寄せられた疑問に書いてきた答えをまとめたものです。つまり、新聞という大きな媒体でゆっくりと時間をかけて発表し、新聞の読者の反響を知った上で、単行本化に当たり、改めてそれらの質問を整理し、より分け、まとめ直したのが今回の作品です。じっくりと丁寧に時間をかけ練りに練って書かれているのが読み取れるのは、そのような成り立ちが背景となっています。
(デンマークの子ども観の変化――子どもがなぜ? と疑問を持つことが肯定されるように)
突然ですが、ここで作者の出身国であるデンマークでとても有名な、『なぜなぜヨーアン』(原題Spørge Jørgen、Kamma Lautent作、Robert Storm Petersen絵、Gyldendal)という作品を紹介させてください。
1944年に出版されたこの絵本で、主人公の男の子ヨーアンが、「どうして外を歩く時、帽子をかぶらなくてはならないの?」「どうして爪は指についているの? 鼻に爪がついていた方が面白いのに」「どうして豚はワンじゃなくて、ブーと鳴くの?」など、なんでもかんでも「なぜ? なぜ? どうして?」と質問をします。そんなヨーアンにお父さんは腹を立て、お尻を叩き、ベッドに放りこみます。ベッドの中からヨーアンは「どうして、遊んじゃいけないの?」「どうして僕のお尻はこんなに痛いの?」「もうふざけちゃいけないの?」と悲しい顔で聞き続け、物語は終わります。
『なぜなぜヨーアン』が出版されてから70年以上たつ今のデンマークには、ヨーアンのように大人達が当たり前と思っている事柄に疑問を抱き、質問をし、探求する子どもを面倒と思う大人がいまだにいる一方で、「よく気付いたね」「疑問を持つことは素晴らしいことだよ」と褒める大人も多くいると本書についての新聞書評に書かれています。子ども達が抱く疑問の多くは、科学者をはじめ大人達も答えを探し続けている問いと一致していることが多くあるからだそうです。このようにデンマークの子ども観、科学教育のあり方は70年間で変わってきているようです。
(類書)
(子どもの疑問に答えるのは楽しい)
訳者自身、子育てをする親ですが、子どもの疑問に答えるのは、子育ての面白さの1つだと常々感じています。子ども達が「なぜ、どうして?」と聞いてくる事柄には、よくよく考えると、自分自身もよく分かっていないことがたくさんあって、たくさんの気付きがあります。
(なぜ人は死ぬの?)
今回の本の中で特に子育てをしていて子ども達からよく聞かれるのは、「なぜ人は死ぬの?」など生死に関する疑問です。私自身も子どもの時に夜寝る前に、いつか自分も死ぬんだと思って怖くなって眠れなくなったことがあるのを思い出しました。母にその質問をすると「もう遅いから早く寝なさい」と言われてしまったのですが、その話を北欧の人にすると決まって面白がられます。生死など根源的な疑問について大人と子どもが話すのは、今の北欧の人達にはごく当たり前のことで、いいから、そんなこと考えていないで寝なさいと大人が答えるのはすごく可笑しく思えるのだそうです。そういうことを子どもも一杯考えて、大人とも話し合うのがいいよね、と言われたこともあります。
(死についてもっと考えたい人にオススメ)
(生き延びるために人と生きることにしたオオカミ達)
私がこの本に書かれている疑問と答えについて話をした時に、下の息子が興味を持ったのは、特に一部のオオカミが家畜化して犬になったという話です。その話を聞いて目を丸くする5歳の息子の表情が目に焼き付いて離れません。
(進化についてもっと知りたい人にオススメ)
(どうしたらお金持ちになれるの?)
長女は今中学校2年生ですが、特にどうしたらお金持ちになれるの? など将来の進路に関わる疑問とその答えに関心を持っていました。
(月の満ち欠け)
また長女が小学生の時に、理科で習った月の満ち欠けについて質問された時に、当時まだ赤ん坊でいつもおんぶしていた息子の頭にランプの明かりが差していることに気付き、息子の頭を月、ランプを太陽に見立てて、ランプのまわりをくるくる息子とまわって、月の満ち欠けについて説明した時のことをよく覚えています(息子、ごめんね 笑)。
(現地での評判)
本作は、デンマークの新聞で、同国でも大変評判の高いアメリカの作品、『人類が知っていることすべての短い歴史』(ビル・ブライソン作、 楡井 浩一訳、NHK出版、2006年/新潮文庫、2014年)に通じる作品であり、同書と同じく、様々な科学的要素がばらばらになることなく、一本の糸でしっかりとつながっている、と評されています。
(対象年齢)
デンマークの出版社が想定していた本書の主な読者は6~13歳ぐらいだったようですが、実際に出版してみると、子どもだけでなく、様々な世代に読まれているようです。また新聞の書評では、科学マニアや大人も時にうなるような意外性に満ちた鋭い答えが詰まっていると評されました。
(日本にゆかりのある著者――日本の震災、津波の報道も)
著者のラース・ヘンリク・オーゴードは1961年デンマーク生まれで、オーフスのデンマークジャーナリスト大学でジャーナリズムを学び、卒業してすぐの1988年からベアリングス紙というデンマークの新聞社で文学(1990~96年)、文化(1998~2001年)関連の記事を担当。2002年からは気象や天候、自然災害や宇宙学を主な専門とする科学ジャーナリストとして社会面などで様々な記事を執筆。また毎週土曜に同紙で『科学』というコラム・コーナーを執筆。コラム『科学』は現在も続いていて、最近では日本におけるオリンピック開催について報じたりhttps://www.berlingske.dk/videnskab/nu-aabner-verdens-stoerste-og-mest-stille-show-endelig-under-farceagtige
コロナ関連の科学記事を書いたりしています。
https://www.berlingske.dk/videnskab/international-maskeekspert-med-opfordring-til-danmark-genindfoer
また過去のコラムでは、アイスランドの火山噴火や、
福島の地震・津波・復興、原発再稼働問題をはじめとする自然災害について、
気候変動について、
エコ関連のコラムや、宇宙についてのコラム、社会や経済、人々の生活についてのコラムなども書いています。
著者は2011年の日本の津波と原子力発電所や、同年のノルウェーのオスロとウトヤ島のテロに関する報道に対し、2012年ベアリングス紙ジャーナリスト賞を得ているのですが、日本の津波、原子力発電所について取材をしてきたことや、日本人の奥様と結婚されたことから、日本について造詣が深いようで、日本の子ども達により分かりやすく修正、改編をする際、機知に富んだアイディアとアドバイスをくださいました。また巻末では、日本に関する知識を生かし、日本の読者に向けたメッセージも執筆してくださりました。
(記者としての経験を生かす)
本書の中で作者が宇宙をはじめ、一見すると私達の生活とは無縁で遠く思えるような事柄を、身近な生活、社会と上手に結びつけ、科学が私達の生活とどうつながっているのか示したり、私達が宇宙、自然により生かされているのだと実感を持てるような書き方をしたりできるのは、日々、新聞紙でたくさんの一般読者に向けた記事、コラムを書いているからなのかもしれません。これまで科学者や哲学者をはじめたくさんの大人達が向き合ってきた、大きくて根源的な疑問に、4ページ程度で答えていくのは至難の業に思えます。洗練された言葉と、難しい事柄を全ての人に分かるように整理し、論理を展開する力も記者の仕事を通して培われたものなのでしょう。
(著者のその他の著作)
著者は『地球が荒れ狂う時――地震、津波、火山噴火、竜巻』(2006年)
『デンマークの荒天』(2011年)
『宇宙への旅――地震、火山、人間、気候、地球の誕生から滅亡まで君が知りたいこと全て』(2018年)
『月についての大きな本――月旅行、月についての事実、月についての発見、月の未来についての全て』(2019年)
『気候に詳しくなろう――気候変動について理解し、地球に優しい生活を送れるようになろう』(2019年)
をはじめ、子ども向けの科学ノンフィクションを多く出していて、作家としても定評があります。
今回の作品はそんな著者の代表作です。ぜひご覧ください。
72.My Child わたしの子
『My Child わたしの子』ヒルデ・ハーゲルップ作、クリスティン・ローシフト絵、ひだにれいこ訳、英治出版、2021年
この本との出会い:http://reikohidani.net/1915/
動画:
母の日のプレゼントにもどうぞ!
71.北欧式パートナーシップのすすめ 愛すること、愛されること
『北欧式パートナーシップのすすめ 愛すること、愛されること』ビョルク・マテアスダッテル作、枇谷玲子訳、2021年3月発行、原書房
(上の動画リンク https://www.youtube.com/watch?v=6s2UH69tkPE)
(本書Facebookページ https://www.facebook.com/aaelskeogblielsketjapansk/)
(本書Note https://note.com/reikohidani/m/m952d47b6d836)
本作、『北欧式パートナーシップのすすめ 愛すること、愛されること』は2017年にÅ
elske og bli elsket―Hvordan ta vare på kjærligheten?(愛すること、愛されること――どうしたら愛を大切にできるの?)というタイトルでノルウェーで出版された本の邦訳です。ノルウェーで一番人気の夫婦カウンセラーの1人であるビョルク・マテアスダッテルが、世界の様々な脳科学や心理学の研究などを織り交ぜながら、企業、組織、図書館、文化会館、文化フェスティバルや結婚式の前夜祭、成人教育機関などで20年以上行ってきたカウンセリング、夫婦生活/恋人講座を読者に疑似体験させられるよう描いた渾身の1冊です。
本作は2017年ノルウェー文学普及団体(NORLA)夏の推薦図書にも選ばれています。
作者のビョルク・マテアスダッテルは1964年生まれ。2013年からダーグブラーデ紙の週末別冊版ダーグブラーデ・マガシンで、月に1度、コラムを執筆。
また夫婦生活/恋人講座の様子は、テレビのドキュメンタリー番組でも取り上げられました。
(上のスクリーンショットは講座で夫婦喧嘩の例を示す2人。「あなたのそういうところ、お義父さんそっくりよ!」と罵倒する様をユーモアたっぷりに演じる作者)
本書には、共働きが当たり前のノルウェーで、どうしたら夫婦が互いをいたわり、愛情を示し合えるか? どんな言葉が誤解やネガティブな感情、喧嘩を生むのか? 良好なパートナーシップを築くコツ、家事分担を円滑に行うため、パートナーにどんな声かけをしたらよいか? など、すぐに実践できそうな具体的なノウハウが満載です。
共働きが当たり前と書きましたが、
この本の中で、昔は一方が『王様』または『女王様』で、
「第12章 ずっと恋人」の「熟慮する」に出てくる、家事をしてくれた夫に、ありがとうと言うべきか? という女性からの質問に対する作者の答えは、特に秀逸でした。作者はこう答えたのです。ありがとうと言うことで、パートナーに、あなたのことを見ているよ、ともに日常生活を過ごしてくれてありがとう、と示すことができるのだと。
この本を訳していて、一番迷ったのは、日本では夫婦、妻、夫、などと表現されがちな言葉
を、どう訳すかでした。ノルウェーでは、同棲事実婚のカップル(サンボと呼ばれていま
す)も、婚姻関係にある夫婦と同じく一般的で社会的に認められていて、様々な社会的権利が保証されています。また同性同士の結婚が2009年に認められています。作者は交際期間の長さ
や、同居しているか、籍を入れているかは関係なく、カップルのことを『恋人』と表現するそうで、邦訳でもできるだけ、この恋人という言葉を使うよう心がけました。普段私は日本で暮らしていて、夫婦という言葉をよく使うので、初めは少し違和感がありましたが、段々とこの恋人という言葉が好きになってきました。作者はノルウェー語の《kjæreste》(恋人)という言葉の頭につく《kjær》は「愛しい」「かけがえのない」という意味で、《kjæreste》(恋人)は、この《kjær》の最上級、つまり「最も愛しくかけがえのない人」という意味なのだと書いています。この本には、最も愛しく、かけがえのない恋人をどう大切にし、愛することができるかが示されています。本書の邦題で使われているパートナーシップという言葉も、夫婦生活、夫婦関係などといった言葉より、ずっと本書に合っているように思えます。作者の意図をくみ取り、パートナーシップという言葉を使おうと考えてくださった原書房の善元温子さんにこの場を借りて改めて感謝いたします。
作者は「第7章 喧嘩と傷ついた心」の「コミュニケーションの4つの落とし穴」の中で、あ
まりに多くの人たちが、パートナー/恋人を、足蹴にするかのように、間違いを指摘したり、低く評価したりする人が多過ぎると言います。日本でもパートナーのことを『愚妻』などと表現する人がいる/いたように思えます。作者は、多くの人が、愛する人にするべきことと全く逆のことをしていると説きます。そして誰かの足を踏んだら、大半の人はすぐに謝るものなのに、心を踏みつけてしまった場合には、大半の人たちは残念ながらそれとは真逆の戦略をとって、「それぐらいで目くじら立てるなよ!」「ただの冗談だろう」「俺はそういう人間なんだ」「正直であるのが一番よ」などと、傷ついたのは傷ついた人の責任であるかのような物言いをしますが、作者はそのような考えに大反対だと言います。
この本の中で訳者にとって特に印象深かったのは、「第11章 愛の時間」に書かれていた、携帯電話の使用についての記述です。昔から今に集中することは、人間にとっての難題だったようですが、携帯電話が一般にまで普及した現代では、それがさらに難しくなってきているようです。家族で一緒にいるのに、携帯電話の世界に夢中になる現代人の実態と、そのことが人間関係に及ぼす弊害が、携帯電話の使用についての様々な科学研究も交えながら、記されています。家族とくつろいでいる時や夕飯中に携帯電話の通知音が鳴った時、つい仕事のメールではないかとチェックしてしまったりする訳者には、身に覚えのあることが多く、ドキリとさせられました。この章では、以下のような携帯電話の使用にまつわる研究が示されていてとても説得力があります。
●バージニア工科大学の研究により、話をしている時に、
テーブルの上に携帯電話が置かれている場合、 携帯電話が視界に入っていない場合と比べ、会話の満足度が下がることが分かった。 ●テキサス州のベイラー大学の研究により、
70パーセントの人が携帯電話の使いすぎにより、 恋人から邪険にされていると感じていると分かった。 ●ノルウェー経済大学が行った調査で、
ノルウェーの人たちが携帯電話を6分に1度チェックしていること が分かった。
作者はこの章で、携帯電話の向こう側の世界ではなく、目の前にいる大切な人に意識を向ける
ため、簡単に実践できる具体的な施策を示してくれています。
「第9章 日々の愛と家族生活」の「お金か生活か!」では、様々な研究データを示しながら、共働き世帯の家計管理について赤裸々に書かれていて興味深いです。ノルウェーでは近年、財布を一にする夫婦が減ってきているそうです。パートナーの一方が1人で家を所有し、もう一方が家賃を払うカップルも珍しくないそうです。ですが作者は財布を一にすることで、連帯感が増すと言います。そして一方が一家の家計を主に支えていようと、家事を主に担っていようと、自分の方が相手よりも偉いと考えないようにしようと呼びかけます。互いを対等に扱い、パートナーを尊敬していること、信頼しているということを、家計を一にしお金を共有することで示すことができると。
また「第9章 日々の愛と家族生活」の中の「たかが食事、されど食事」では、食事を一緒にとることで、家族の連帯感が増すことが、様々な研究結果を示しながら説かれていました。ど
の研究も興味深かったのですが、特にマリ・レゲ教授とアリエル・カリ教授により行われたノルウェーとカナダの共同研究で、父親が家族と食事を一緒にとる時間数が全体平均より
15分多い家庭の離婚率は、食事時間が全体平均より15分少ない家庭に比べ、30
パーセントも低いことが分かったというところは、身につまされました。このようにノルウェーでは、男性の家事・育児参加について様々な研究が行われているようです。
同じく第9章の中の、ジェットコースターみたいな日々では、私たちはタスクや仕事に実際に
かかる時間を平均40パーセント少なく見積もりがちであるということを示すペンシルベニア大学のギャル・サウバーマン教授らによる研究も出てきました。
第9章中の「日々、恋人」では、恋人らしくいるために、ベビーシッターにわざわざ子どもを
預けてデートに行く必要はないと作者は言います。また第5章「愛の言葉と感情」の中で作者は、ジムで体をしぼったり、身だしなみを整えるよりも、窓を拭いているところや、床掃除をしているところ、子どもと遊んでいるところ、ドアのノブを修理しているところを見て、魅力を感じる人も多いとしています。作者は「妻と夫でなく、恋人になろう!」と読者に繰り返し呼びかけます。
「第5章 愛の言葉と感情」で人はポジティブな感情よりも、ネガティブな感情にずっと影響
されやすいもので、カップルが良好な関係を保つには、ネガティブな感情を1個抱いたら、ポジ
ティブな感情を最低でも5つ、抱く必要があると書かれていました。これまで訳者である私の心
も、主に家事・育児の分担について、夫に対するネガティブな感情で占められていました。ですが、3カ月間、毎日、作者の言葉を訳しているうちに、私の心は感謝の気持ちで満たされていきました。著者のビョルクさんのおかげで、夫が―こう書くのは、まだちょっと照れくさいのですが、私の恋人が―そばにいてくれるのが当たり前なんかじゃないのだと、再認識することができました。ビョルクさんの言葉が私に、出会った時からずっと、翻訳家になる夢を応援し続け、また一緒に子どもを育ててきてくれた夫の献身と愛を気付かせてくれたのです。夫からもこの本を訳し出してから、イライラしていることが減って、優しくなったね、と言われます。私がこの本を訳していて感じることができた、幸せでぽかぽかした気持ちを、読者の皆さんにも味わってもらえるよう、心を込めて訳しました。ビョルクさんの『恋人講座』をどうか皆さん、お楽しみください。
(作者自己紹介動画)
https://www.youtube.com/watch?v=2wnKAcvoEKs
私達には皆、愛し、愛される人が必要なのですから。
(Facebookページ https://www.facebook.com/aaelskeogblielsketjapansk/)
文学フリマ出店報告
文学フリマ東京出店しました
出店のきっかけ
2019年11月の文学フリマ東京に『北欧フェミニズム入門』の屋号で初出店しました。
文学フリマのことを知ったのは、Readin’ Writin’さんで『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』のイベントを開いていただいた時に出会ったテキストレーターの亀石みゆきさんとの出会いがきっかけです。
(朝日新聞telling,より)
(ひるねこBOOKS通販サイトより)
亀石さんと一緒に本屋さんのイベントに行くようになってから、彼女がZINEを作って、文学フリマで売った後、書店さんに置いてもらっているのを知りました。自分で本を作って書店さんに置いてもらっているって格好いいなあ…そんな好奇心が文学フリマ出店のきっかけです。
しかしどうやって同人誌を作ったらいいか…全く分からず第一歩を踏み出せない。亀石さんがお友だちとして作り方を教えてくださるとのことでしたが、そんな大切なノウハウをいただいてしまってよいか迷っていたところ、私も彼女もお世話になtっているReadin’ Writinさんで『文学フリマへの道』という講座を開いていただくことになりました。
文学フリマへの道
第1回(左クリックすると詳しいレポートが出てきます)は飯塚めりさん。全回、亀石さんとの対談形式で行われました。
第2回は文フリから何と千部売り上げたことで話題の『かわいいウルフ』の小澤みゆきさん。小澤さんはその後数々の文芸誌で論考を書いている文フリから出たスターの1人です。
(小澤さん執筆活動より)
参考:マガジン航 インディペンデントな文芸同人誌を作ってSNSで売るということ――『かわいいウルフ』製作日誌
小澤さんの文フリへの道の報告は書いていないのですが、彼女のNOTEにかなり詳しくノウハウが載っていますので文フリに出たい方は読んでおくとよいかも。
無名同人サークルがヴァージニア・ウルフ同人誌を一ヶ月で500冊売った話(前編)
無名同人サークルがヴァージニア・ウルフ同人誌を一ヶ月で500冊売った話(後編)
第3回は食と性に関するミニコミ誌『食に淫する』の餅井アンナさん。
第4回は僕のマリさんでした。
https://twitter.com/trylleringen/status/1175975770260271104
https://twitter.com/trylleringen/status/1175980215035523072
https://twitter.com/trylleringen/status/1180683026818195456
文フリ当日
私が作ったのは『北欧フェミニズム入門』というブックガイド&エッセイでした。北欧のフェミニズム書籍のブックガイドです。出版翻訳の仕事について、本の仕事で身を立てる難しさについても書いています。
(目次)
はじめに
翻訳は主婦の小遣い稼ぎ?
第1部 フェミニズム運動が求めてきた権利1 教育を受け、職を持ち、自分でお金を稼ぐ権利
トーヴェ・ディトレウスン 毒/結婚
年上の編集者
親を責めるのはやめよう
モニカ・イサクストゥーエン 動物に優しくしなさい
HSP(敏感すぎる人)日記
北欧の児童書で、子どもの進路と幸福を哲学する
ダイバーシティとしなやかさ
ペーテル・エクベリ 自分で考えよう
ワンオペ育児するのが、ママじゃなくてパパだったら? アンネ・カット・ヴェストリー Z棟のアウロラ
スウェーデンの哲学入門書を読みながら、衆院選を振り返るーー自分で考えようーー
フェミニズムにまつわる典型的な疑問
サッサ・ブーレグレーン 北欧に学ぶ小さなフェミニストの本
グレタ・トゥーンベリちゃんの怒りと大人の責任 ハンス・ロスリングがやろうとしていたこと
ロン・リット・ウーン きのこのなぐさめ
第3部 フェミニズム運動が求めてきた権利3 身体の自己決定権
伊藤詩織さんと北欧のトーク番組スカーヴラン
北欧の性教育の絵本と日本の性教育
カーレン・ブリクセン父の自殺と夫の浮気
カーレン・ブリクセンとピサへの道、七つのゴシック物語
赤ちゃんはどうやってできるの?
マリアンナ・コルーダ・ハンセン 金曜の夜、スーパーマーケットで
ベニー・アナセン あなたの顔の顔
北欧になら私を助けてくれる人がいるかも?
シューアン・ウルリック・トムセン 生きている
(2刷のみ)祭りの後
https://twitter.com/trylleringen/status/1198396151289892864
当日はひるねこBOOKSさんの原画展で知り合った坂口友佳子さんが一緒に販売をしてくださりました。
文フリに出てよかったこと
①コスト感覚が少しずつ身に付く。……以前なら持ち込んでカラーはちょっと、と言われても、えー、なんでよ~、と口を尖らせていたが、カラーと白黒の値段の違いがわかった今は、た、確かにそうですよね、と素直に思えるようになった。
② 自分で作る本だから好きなイラストレーターさんにお願いできる。人に依頼する難しさも知った。
参考:こちらの本めちゃくちゃ役に立ちます。『同人誌デザインの依頼の仕方がわかる本』
https://booth.pm/ja/items/839521
③ 本をもっと好きになった。文章をネットで出すのと本で発表するの、変わらないのでは? と思っていた私だけど、束ねることで生まれる”何か”が見えた気がする。
④全体打ち上げに参加して、家庭のある方で同人誌を作っている人も多くいることを知りました。自由になった気分!
参考:『自分の時間を求めて』 お隣のブースのちゃぶ台返し女子アクションさんの同人誌。いかに日本の女性の余暇時間が少ないか。
参考:『同人ママの生態調査』家事の合間に家族の目を盗んで同人活動するママ達
孤独をいやす文フリ
文フリで知り合った人たちは書くのが好きな人、書くのが当たり前の人でした。ものを書いている人たちと友だち、知り合いになれたことは私にとって大きな宝です。
私がはじめての訳書を出したのは大学四年生の時でした。無邪気に喜ぶ私に周りの反応は様々でした。今に比べて当時は個人がたとえ翻訳であろうとなにかを世に発信するということ、企業に勤める以外の働き方をすることへの抵抗感が強い時代でした。そこから友だちや周りの人に仕事の話はあまりしなくなりました。でも翻訳は私の一部で自分が自分でなくなっていくような、孤独感や焦燥感が深まっていきました。
文フリに出る人たちは、みんな書く人ばかりで、書くのが当たり前。書きたい自分を隠さなくていい空間でした。ものを書きたい気持ちをこそこそ隠さずに済む空間にいられたことで、私は私として生きていっていいんだと思えるようになったのでした。自分を押し殺して生きてる人たちに、この喜びを味わってほしいと感じています。
赤字?
お金の話でいやらしいですが、印刷代、イラスト代を支払っても手元にお金が残りました。赤字が出ずよかったです。あと自分の訳書もかなり売れました。
今2刷がほぼ手元からなくなりまして、これから3刷をすればさらに収益は伸びていくと思われます。印刷所は1刷は手取り足取り親切で納期が短くてもOKだった栄光さん、2刷は印刷の質が高く、値段が安いちょ古っ都製本印刷さんに頼みました。
栄光さんの直接搬入が面白かったです。当日、文フリの私のブースのテーブルのすぐ下に段ボールがどーんと置いてあってびっくりしました。便利です。直接搬入のことはこの本にイラストで説明が載っていてわかりやすいです。
参考:『同人誌をつくったら人生変わった件について。』とても面白いです。初心者はこの本を読むとかなりしくみが分かります。講座もあるよう。実際につくった同人誌を講座で数冊もらえるみたいです(「最後の講義では第4回で入稿した同人誌を3冊お渡しする予定です(印刷費用は受講料に含まれます)。」とあります)。いいなあ。
同人誌を本屋さんに置いてもらう?
出店当日声をかけていただいたり、もともと知り合いだった本屋さんや、その後書店イベントなどで直接私からお願いした本屋さん何店かで『北欧フェミニズム入門』を扱ってもらうことになりました。本屋さんに直接お願いしてみると置いてもらえることも多いようです。私はまだ置いてもらっていないのですが、中野のタコシェさんは特に同人誌の販売に力を入れているようです。
(お取り扱い店舗)
ひるねこBOOKS(東京 谷中)本好き、北欧好きには外せないお店。ネットショップも充実。発送細やか、丁寧、早いです。amazonで検索する前に1回BASEでぜひ検索してみてください。装画を描いてくださった坂口友佳子さんと知り合えたのも、ひるねこさんのおかげです。クリエイターの強い味方です。魅力的な展示もしています。北欧関係のZINEも一杯あります!
Readin’ Writin BOOKSTORE(東京 蔵前)店主の落合さんは元新聞記者さん。スポーツの記事を書いていた方なのですが、視点がとても面白いです。このお店が文壇、本好きの人達の出会いの場になってきているように思えます。私もこのお店でお友だちができたので、皆さんにもお勧めしたいです。読むことと書くことは繋がっています。書くことの喜びを知れたのは、落合さんが誰だって書けるよといつものおおらかな笑顔で背中を押してくれたからです。書くことで私の人生が一歩前に進んだような気がします。
『こんなことを書いてきた』落合さんの著書。なぜスポーツ記者だった落合さんと主婦の私の関心が重なるのか理由が分かってびっくりした本。こんな視点があるのかあ。
H.A.B(東京 蔵前)このお店は店主の読書会で知りました。H.A.Bさんは強みは一杯あるのでしょうが、私が持っている印象としては、特に海外文学の品ぞろえがいい、特にフィクションの大変な読書家なんだろうなということです。多分もっといろいろ強みのある書店さんなので探ってみてください。
☆Readin’ WritinさんとH.A.Bさんはとても近いです。はしごをお勧めします。
Pebbles Books(東京 小石川)本屋に興味がある方で、店主の久禮さんを知らない方はいないのではないでしょうか。書店員のプロです。『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』『北欧に学ぶ好きな人ができたら、どうする?』で久禮さんが他に担当している神楽坂モノガタリさんでお世話になりました。
参考:『スリップの技法』久禮さんの仕事術。書店員であるということ。他の職業の人も仕事への向き合い方、アイディアをどうやって膨らませるか考える上で役に立つ本です。
双子のライオン堂(東京 赤坂)様々な試みを行っている業界のエジソンで優しいライオン。オリジナルの本も出しています。WEBショップもあります。文フリにも出店していました。ラジオにもよく出ていて、私はリスナー、ファンです。この間の渋谷のラジオも面白かったなあ。
本屋B&B(東京 下北沢)昨年「文フリに行けなかったのが悲しいので、行った人に戦利品を見せてもらいたい会」が超楽しかったB&Bさん。またお願いします! 店主の内沼さんの本も面白かったです。
SUNNY BOY BOOKS(東京)私の愛する『ヒロインズ』やカナイフユキさんの作品にもかかわっている書店さん。ネットショップも充実。
CHIENOWA BOOKSTORE(埼玉 朝霞駅中)埼玉にもこんな格好いい本屋があるのです。埼玉の星。フェミニズムの本フェアも開いてくださいました。循環経済を思わせる地域連携の取り組みも行っています。アイデアマンなさわやか店主。
48.心がつながるのが怖い――愛と自己防衛
『心がつながるのが怖い――愛と自己防衛』イルセ・サン作、枇谷 玲子訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン発行、2017年9月14日発売
友だちになれない言い訳を探す
いつからだろう。出会う人と友だちになれない理由ばかり探すようになったのは。
●「あの人はあくまで仕事仲間。友だちとは違う」
●「年齢が離れているから、仲良くなれないや」
●「育った環境が違うから、どうせ分かり合えっこない」
●「ママ友は子どもを介した関係で、ただの知り合いだもの」
友だちになろうよ、って言えたらいいのに
最近デンマークのセラピー本『心がつながるのが怖い――愛と自己防衛』を訳した。作者は『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』のイルセ・サン。多くのブロガーさんたちがサイトに感想を描いてくださったり、声優の細谷佳正さんがラジオ番組『天才軍師』で本のことを語ってくださったりと、大きな反響を呼んだ。訳者として、この場を借りてお礼を申し上げたい。
ただ実は、ロシア人のデンマーク語翻訳者から、「イルセ・サンの『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』も素晴らしい作品だけど、私は『心がつながるのが怖い――愛と自己防衛』の方がすごい作品だと思う。とってもいい作品だからぜひ読んでみて」と教えてもらっていた。
初めはその言葉をにわかには信じられなかった。『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』が本当に優れた作品だったから。でも読んでみて、彼女の言葉の意味が分かった。
読みながら気づくと私は、わんわん泣いていた。自分の心にぽっかりと穴が空いていることに気付かされたのだ。
そうだ、私はいつも、
●私なんか誰にも愛されていないと感じたり、
●自分には価値がないと感じたり、
●facebookやtwitterで友だちと近況を伝え合ってはいても、誰とも真につながれていないような寂しさを覚えたり
してきたのだった。
どうしたら良好で緊密な人間関係を築けるのだろう?
本には、
●私たちがどのようにして自分自身を守り、愛にストップをかける自己防衛の戦略をとるようになるのか
●それらの戦略が良好で親密な人間関係を築く妨げになるのは、どんな時か
●どのようにしたら不適切な戦略から脱却できるか
●どうやって自分自身の心に寄り添いながら、他者と近しい関係を築くことができるのか
が、作者のイルセ・サンが実際に行ってきたセラピーでのクライアントの事例を交えながら、書かれていた。
私も本当は誰かとつながりたい。友だちになろうよって、手を差し出したい。でも拒絶されるのが怖い。
自己防衛の戦略
https://www.youtube.com/watch?v=2NK8LMMbUDc
作者がこの本で言及している自己防衛の戦略とは、他者または自身の内面、外界の現実に近づかないよう、私たちが意識的、もしくはしばしば無意識的にとる行動全般、また鈍感になろうとしたり、他者や自身の内面と距離をとったりする戦略を指している。フロイトやキルケゴール達もこの人間の心の動きを認識していた。
幼少期に自分を守るため必要だった戦略を大人になっても取り続ける
自己防衛の戦略は幼少期の早い段階でとられるようになることがほとんどだ。子どもは自分を守るため、愛されていないとはっきり認識するのを避ける。小さな子どもは自身の親が親としての能力に欠けていると認識することで、命が脅かされる恐怖を覚える。その恐怖から逃れるため、愛情に満ちた強い理想の両親像を心の内に創り上げてしまう子もいる。作者のイルセ・サンは、強すぎる感情と距離を置くのは、時に適切である、と述べている。
しかしこの戦略が習慣化し、大人になってからも、必要以上に自己防衛の戦略をとり続け、自己の内面と距離を置きすぎることで、他人に心を開き、愛情に満ちた関係を築くチャンスをも逃してしまう。また他人に心を開けないのは、自分の性格なんだ、自分は劣った人間なんだと考え、自分を責めてしまう。
親に叩かれて育った人は、他人から物のように扱われるのを許してしまいがち
イルセ・サンは愛する親に叩かれて育った子は、自分は価値のない人間なんだと感じ、叩かれた苦しみを忘れるため、現実とは違う理想化した両親像を思い描くことで自分を守ろうとする、と述べている。さらに子どもの時、物のように扱われた人は、大人になっても、他人からそのような扱いを受けるのを許してしまいがちだと言う。そして逆に自分自身もパートナーを物や道具のように扱ってしまうこともある。
心の傷がえぐられる
この本を読むことで私は心の奥にしまい、鍵をかけていた心の傷が再びえぐり出されるような感覚を覚えた。それはとても苦しく、辛い体験だった。1冊の本にこんなに感情を揺り動かされるなんて、不思議だ。実際、作者のセラピーを受けた人の中にも私のように泣きだし、感情を露わにする人がいたそうだ。
苛立ったり怒ったりしてばかりいる人の心には、悲しみや痛みが隠れている
すぐに苛立ったり、怒ってばかりいる人は、その胸に悲しみや痛みを抱えており、それらの感情を自覚するのを避けるため、苛立ったり、怒ったりしているのだ、とイルセ・サンは述べている。
他人を妬んだり、嫌ったりしてしまうのは愛情に飢えているから
他人を妬んだり、嫌ったりしてしまう人は、愛情に飢えている場合が多い。イルセ・サンは作品の中で読者に、そのような自己防衛の戦略をとってしまっていることを認識し、自身の悲しみや痛みを受け止め、感じることで、心が解き放たれ、愛情に満ちた人間関係を築くことができると優しくも力強く説いている。
いつも笑顔でいなくていい
作者は正しくあらねばという強迫観念が強すぎると、常に笑っていなくてはならなくなる、と指摘した上で、表の顔を持つのは悪いことではない、と述べる。
問題は、その仮面をはずすタイミングが分からなくなったり、ごく近しい人の前でも仮面をとれなくなったりすることだ。
作者はいい人の仮面をはずし、相手と視線を合わせ、落ち着いて話すことで、心のつながりを感じられるようになる、と言う。私は私なんだ、と思うことで、相手にありのままの自分をさらせるようになる、と。
ありのままの自分でいる
自分らしくいようと選択するのは、自己の内面をありのままに受け入れること。また人生には自分の力ではどうにもならないことがある、と認めることでもある。相手にありのままの自分を知ってもらい、受け止められることで、愛されていると感じることができるのだ、と作者は言う。
自分らしくいようと決めることで、心を開き、相手を受け入れ、他者に注意を向けことができるようになる。そうすることで愛情に満ちた人間関係が築けるようになるのだと、この本には書かれていた。
そばにおいでよ
私は誰かから差し出された手を、これまで何度、つかみそこねてきたのだろう? この本のデンマーク語のタイトルは”Kom nærmere”(もっとそばにおいでよ)。
「そばにおいでよ」私も誰かにそう言えたらいい。
50.『おおきく考えようー人生に役立つ哲学入門ー』
『おおきく考えようー人生に役立つ哲学入門ー』ペーテル・エクベリ作、イェンス・アールボム絵、晶文社 、2017年10月
出版社HP http://www.shobunsha.co.jp/?p=4436
書店様向け注文書 http://www.shobunsha.co.jp/wp/wp-content/uploads/e9063d0bd4feee4ab7272373c37787b5.pdf
埼玉の書店をめぐる1 リブロららぽーと富士見店ーースウェーデンの哲学入門『おおきく考えよう』営業日記
埼玉の書店をめぐる2 ソヨカふじみ野Books Tokyodo(東京堂書店)
埼玉の書店をめぐる3 朝霞Chienowa Book Store
(訳者あとがき)
1.前作『自分で考えよう』について
本書『おおきく考えよう――人生に役立つ哲学入門』(原題:TÄNK STORT: EN BOK OM FILOSOFI FÖR UNGATÄNKARE )は、2016年10月に邦訳が出版され好評を博した『自分で考えよう―― 世界を知るための哲学入門』(晶文社)の続編ですが、前作を読んでいない人でも楽しめる内容になっています。
前作がスウェーデンで発表されたのは2009年、作者ペーテル・エクベリのデビュー作にして、スウェーデン作家協会のスラングベッラン新人賞にノミネートされ、ドイツ語、韓国語、デンマーク語、ロシア語、ポーランド語などに翻訳されました。
↑作者のブログより http://peterekberg.blogspot.jp/
2.作者経歴
作者はそれから、ロボットや宇宙についての知識読みものや絵本、SFシリーズなどを発表し、本作『おおきく考えよう』(2015年)で、優れた児童ノンフィクション作品に与えられるカール・フォン・リンネ賞にノミネートされました。その後も立てつづけに作品を発表し、児童書作家としてのキャリアを着実に積んでいます。
3.本作の主なテーマ
本作は、冒頭で「これは人生についての本なんだ !」と述べられているように、人生をどう生きるかが主なテーマになっています。具体的には、
●人生でいちばん大切なことはなにか、
●人生の意味とはなにか、
●自分がこの世界に存在するとはどういうことなのか、
●自分はいったいなに者なのか、
●なにを選択したかによって自分がどう変わるか、
●男らしさ、女らしさとはなんなのか、
参考:亜紀書房『バッド・フェミニスト』
Feminism For Everybody『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』読書会、個人的感想
●勇敢、親切、正直であるとはどういうことなのか、
●できるだけ多くの人にとって、よい社会をつくるにはどうしたらいいのか、
などが書かれています。
4.アクティブ・ラーニング
前作でも本作でも、日本でいまアクティブ・ラーニングと言われ注目されている主体的で対話的な学びが自然な形で実践されています。現在の教育現場では、
●子どもたちが課題の発見をし、答えはかならずしも1つではないということに気づくまで先生が導けても、授業の目的、最終的になにを学ぶかが絞りこめず、深い学びにまで行き着けない、
●生徒が主体的に自由に出した答えを、どう評価したらいいか判断に迷う、
といった声が挙がっていると耳にします。
そこで先生に求められるのは、
子どもたちの主体性を促しながらも、彼らが議論のなかで公正、理性的、倫理的にものごとの善悪を判断できているか、また理由づけがしっかりできているかを見極めたうえで、示唆に富んだ問いかけをし、深い学び、分析、問題解決へと導く力です。
そのためにまずは先生自身が、
公正とは、理性とは、倫理とは、善悪とは
なにかを改めて考え、再定義する
必要があるのではないでしょうか。
アクティブ・ラーニングの本場、スウェーデンで書かれた本作では、それらの言葉についてとことん突きつめた考察がされています。本作の、とくに黄色地のアクセントがついた問いは、子どもたちの主体的思考を促すために、どんな声がけをしたらいいかのヒントになることでしょう。
5.さらに知りたい方達へその他の推薦図書
北欧の教育のあり方、教育者が具体的にどう子どもに声がけをし主体的な思考を促しているのか、もっと知りたい人は、『新しく先生になる人へ――ノルウェーの教師からのメッセージ』(アストリ・ハウクランド・アンドレセン、マーリット・ラーシェン、バーブロ・ヘルゲセン著、中田麗子訳、新評論)、『スウェーデンの小学校社会科の教科書を読む:日本の大学生は何を感じたのか』(ヨーラン・スバネリッド著、鈴木賢志、明治大学国際日本学部鈴木ゼミ訳、新評論)、『あなた自身の社会 ―― スウェーデンの中学教科書』(アーネ・リンドクウィスト、ヤン・ウェステル著、川上邦夫訳、新評論)をご参照ください。
また『ルビィのぼうけん こんにちは! プログラミング』(リンダ・リウカス作、鳥井雪訳、翔泳社)にはじまるフィンランドのプログラミング教育についての絵本シリーズも、参考になります。日本ですでにこの絵本の著者を招いたセミナーやワークショップが開かれたことがあるようです。
アクティブ・ラーニングで主体的な考え方ができるようになった子どもたちが将来それを生かすには、トップダウン型ではなく水平方向での議論、民主的対話ができる社会をつくっていかなくてはなりません。『スウェーデン式ダイバーシティで日本が変わる』(ダーグ・クリングステット著、文化堂印刷)にはスウェーデンの新聞社が「権威や上下関係は自由な言論の妨げになるので廃止しよう」と呼びかけたことなど、日本の企業、組織にとってもヒントとなりそうなアイディアがつまっていますので、ぜひ読んでみてください。
またグローバル化社会で生き抜くため、民主主義の徹底された社会の実現も求められています。北欧の民主主義については『10歳からの民主主義レッスン』(サッサ・ブーレグレーン絵と文、にもんじ まさあき訳、明石書店)という素晴らしい本が出されています。
6.悩んだ時哲学書を読む
前作『自分で考えよう』では、
●これまでの歴史でどんな哲学の問いが立てられてきたのか、
●哲学的にものごとを考え、道徳的判断を下す際に用いられる理性と
●議論について、
●公正や善とはなにか、
●ものごとを思い浮かべるとき、頭のなかでなにが起きているのか
など、哲学のおおきな枠組み、基本的な考え方が示されていました。そのため読者の皆さんが人生で壁にぶつかったり悩んだりしたとき、それぞれのケースと照らし合わせ、自分なりの答えを探す助けとなったのではないでしょうか。
訳者である私自身も「 Yahoo! 知恵袋」などの悩み相談サイトを見て悶々とする代わりに、前作のページをめくることで、
●いま自分が抱えている悩みは昔の人たちや哲学者もぶつかってきたものなんだ、
●それらは哲学の世界ではよくある問いで、疑問に思うのは自分だけじゃない、
●ものごとを深く突きつめて考えるのは悪いことじゃないんだ、
と気づかされ、何度も励まされてきました。
一方、本作『おおきく考えよう』は
●人生の意味とはなにか、
●幸せとはなにか、
●人間としてどうあるべきか
など、生きる道を模索する若い人たちのヒントとなる実用的な内容となっています。
7.悩める若者へのメッセージ:「考えるのはきみだ。だって、きみの人生なんだから」
私もとくに高校生のとき、自分はこれからどんな人生を生きていったらいいのか、人生の意味とはなんなのか思い悩んでいました。
受験戦争を勝ちぬき、いい会社に入って、やがては結婚し、子どもをもうけ、子育てをするのが正しい生き方で、レールから外れるのは許されないような気がして、窮屈で怖いと感じていました。
作者は本作で、人間とは本来自由な選択肢を持つ生きものだと述べていますが、その頃の私にはそうは実感できなかったのです。
あの頃の自分のそばに、
「自分の手で、意味のある人生をつくるんだ!」
「きみがなにを言い、なにをすべきか、だれにも決める権利はない」
「考えるのはきみだ。だって、きみの人生なんだから」
と言ってくれる作者のような人がいたら、もしくはそういう人がどこかにいるかもしれないと気づけていたら、ど
んなに心強かっただろうと思わずにはいられません。
枇谷玲子
47. 続・カンヴァスの向こう側 リディアとトラの謎
『続・カンヴァスの向こう側 リディアとトラの謎』フィン・セッテホルム作、評論社
(google art projectをはじめインターネットを使って作品に登場する、または関連する絵を巡ってみましょう)
google art projectとは? 使い方など。
☆2つ目の動画の05:53~ゴッホの絵の話が出てきます。
1章 フィンセント・ファン・ゴッホ
(技法について)
ゴッホの絵についてリディアは「現実の世界そのままではなく、目に映るものへの感情が表されているみたい」(54ページ)と言っています。
ゴッホは色とりどりの毛糸の束を机に置いて、色の組み合わせを見るのに使っていたようです(55ページ)。
フィンセント・ファン・ゴッホ 『馬鈴薯を食べる人たち』Potato Eaters – Google Arts & Culture https://t.co/CujlCrbMZA @googleartsさんから
— 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月6日
フィンセント・ファン・ゴッホ 『ひまわり』Sunflowers – Google Arts & Culture https://t.co/lWMpeOZtJN @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月6日
フィンセント・ファン・ゴッホ『夜のカフェテラス』Cafe Terrace at Night – Google Arts & Culture https://t.co/HJqjuVMrBw @googleartsさんからhttps://t.co/dF5p1ZAFPL — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月6日
『夜のカフェテラス』はhttp://musey.net/1で彩色されたものが観られます。
フィンセント・ファン・ゴッホ『星月夜』The Starry Night – Google Arts & Culture https://t.co/x9V5PlIJpI @googleartsさんから
— 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月7日
TED ファン・ゴッホの 『星月夜』に隠れた意外な数学 ― ナタリア・セント・クレア
フィンセント・ファン・ゴッホ『イトスギのある麦畑』Wheat Field with Cypresses – Google Arts & Culture https://t.co/ugNUCs6egK @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月7日
フィンセント・ファン・ゴッホ肖像画 Self-portrait with grey felt hat – Google Arts & Culture https://t.co/ZPNqZly1Nb @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月7日
☆肖像画は出てきますが、どの絵かは特定されていません。ゴッホは肖像画を複数遺しています。
フィンセント・ファン・ゴッホ『黄色い家』The yellow house (`The street’) – Google Arts & Culture https://t.co/cnETHrUb1J @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月7日
☆絵自体は出てきませんが、黄色い家は登場します。
3章 フリーダ・カーロ
(技法について)
カーロの夫の壁画家、ディエゴ・リベラは111ページで「インディオの厳しい生活を描くだけじゃだめなんだ。誇りや勇敢さを表現したい。大衆の心に、希望をともすような壁画にしたいんだ」、「芸術はハムだ。芸術は卵だ。芸術は人々に栄養を与える」と述べています。 フリーダとリベラの波瀾万丈の夫婦関係を見ていると、女性としての生き方について考えさせられます。
フリーダ・カーロ The Broken Column – Google Arts & Culture https://t.co/lBpKmvD8r7 @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月22日
☆絵自体は出てこないが、事故にあったと102ページに出てくる。この絵は事故の手術後に描かれたもののよう。
フリーダ・カーロ自画像 Self-portrait with Small Monkey – Google Arts & Culture https://t.co/i3fo0s4Pu9 @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月22日
☆104ページの自画像の描写とは合わないので、この絵ではなさそうだが、これに近いものだろう。フリーダはたくさんの自画像を遺した。
フリーダ・カーロ Detail of “Un cuento de cartón” Day of the Dead Offering – Google Arts & Culture https://t.co/tUfmKOfS1c @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月22日
☆部屋に飾られていたがいこつの飾り。 以下の動画で、125ページの『水が私にくれたもの』をはじめカーロの作品を観ることか゛できます。 https://youtu.be/iZ41k9pskIE 作中に出てくるカーロの絵の多くはgoogle art projectで見つけられなかったのですが、他の絵はこちらで観られます。
フリーダ・カーロ – Google Arts & Culture https://t.co/NFvzG2osPL @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月22日
フリーダ・カーロの夫のディエゴ・リベラの作品群はこちらで観られます。
ディエゴ・リベラ – Google Arts & Culture https://t.co/7DdqUcG2ng @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月22日
お薦めのDVD。私の住む町のTSUTAYAでは借りられました。
お薦めの本。
4章 葛飾北斎 (技法について) 北斎は143ページで「思えば俺は六歳の時から、自然に目に映るものを絵に写しとっていた。それ以来絵を学び続け、五十歳のころから絵や版画を世に出してきた。だが、今見ると、七十歳より前に描いた絵は、取るに足りないものばかりだ。ようやく七十三にして、鳥獣虫魚の骨格や植物の成り立ちが少しは分かわかってきたと思っている。だから、この先も絵の修行に励めば、八十歳にはもっと良い絵が描けるようになり、九十歳になれば極意を極め会得し、百歳でまさに人知を超える絵が描けるのではないだろうか。そして百十歳ともなれば、一筆ごとに命を持つようになることだろう」と言っている。
葛飾北斎 – Google Arts & Culture https://t.co/yhOCCkpVq6 @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月23日
☆北斎の作品群はこちらで観られます。
『北斎漫画』はgoogle art projectで見つけられませんでしたが、とても面白いのでぜひ検索してみてください。 本もあります。
お薦めの博物館:江戸東京博物館 http://edohaku-special.net/
http://edohaku-special.net/article/hana/page02.html
すみだ北斎美術館
北斎についてのサイト:http://hokusai-museum.jp/modules/Page/pages/view/401
杉浦日向子さんの漫画『百日紅』や映画『百日紅~Miss HOKUSAI』でも北斎やお栄について知ることができます。
『うつくしく、やさしく、おろかなり ─私の惚れた「江戸」』、『江戸へようこそ』なども面白いです。
5章 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
(技法について)
210ページで教皇はカラヴァッジョと、その天敵バリオーネについて次のように言っています。 「近頃の作品は、どうも気に入らない。情けないことに、宗教美術そのものが衰え始めているのではないだろうか。視察に回る度に、その思いを強くしていた。例えば最近評判のバリオーネという画家がいるが、教皇は彼の絵は中身がなく、魂が宿っていないと感じる。今一番有名なのはカラヴァッジョで、教皇は彼に大きな期待を寄せていた。カラヴァッジオの絵には素朴で敬虔な民が描かれ、絵の中の人物は、内側からほとばしる光によって輝きに満ちている。その作品は、神が投げかける光そのものを再現しているのだ。ところがあの男は、乱暴で行いが悪く、何度も警察沙汰を起こしている。思慮に欠ける点が、時としてその作品にまで表れるのが最も困る。例えば絵の中の馬が無遠慮に尻を向けていたり、使徒パウロの足が汚れていたり……」
https://t.co/lpkTq9yuDq カラヴァッジョ — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月24日
☆176ページでカラヴァッジョの描く聖人の足が汚れているとして枢機卿に問題視されていたが、確かにこの絵をはじめ足が汚れている絵は複数あるようだ。
カラヴァッジョ『ナルキッソス』で検索してみてください。画像が出てきます。
☆184ページで出てきたルイージが絵のモデルをしたと物語中ではされています。
https://t.co/fEoX4E3bly カラヴァッジョ — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月24日
☆『聖母の死』192ページで「リディアは、マリアさまの死に立ち会った女の悲しみを思って長い間座っていた」とある。リディアがモデルをしたのは手前のピンクのワンピースを着た若い女の人の役か? リディアは194ページでこの絵について「すごくきれいで、泣きたくなるぐらい悲しい絵。あと、内側から光が差しているように見えるわ」と評している。
カラヴァッジョ『勝ち誇るアモール』 – Google Arts & Culture https://t.co/pWeDz0X80r @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月24日
カラヴァッジョの天敵バリオーネ – Google Arts & Culture https://t.co/ya2aBYYmCQ @googleartsさんから — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月24日
☆197ページでカラヴァッジョが自作『勝ち誇るアモール』をバリオーネが真似て描いたとして憤っているのはこの絵。画像をクリックしてみてください。カラヴァッジョが言うように、下で蹴り飛ばされている天使は、『勝ち誇るアモール』の天使に似ていませんか? 198ページでカラヴァッジョがバリオーネについての口汚い詩を詠みますが、憤るのも少し分かる気がします。
カラヴァッジョ『聖パウロの回心』 https://t.co/pdWsm1tM1m — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月24日
☆210ページで教皇が、「絵の中の馬が無遠慮に尻を向けてい」ると憤っていたのはこの絵か? 参考:NHK『カラヴァッジョ 光と闇のエクスタシー~ヤマザキマリと北村一輝のイタリア~』
NHKドキュメンタリー – カラヴァッジョ 光と闇のエクスタシー~ヤマザキマリと北村一輝のイタリア~ https://t.co/GYB6gaOrEP — 北欧語翻訳 枇谷玲子 (@trylleringen) 2017年3月24日
(あとがき)
訳者あとがき
この本は、スウェーデンで二〇一〇年に発表された『カンヴァスの向こう側――少女が見た素顔の画家たち』の続編です。
前作はイタリアの児童書賞、チェント賞を、オランダのセレクシス青少年文学賞を受賞、フィンランド語やポルトガル語、韓国語などにも翻訳されるなど国際的に高い評価を得ました。また二〇一三年に出された邦訳は、第五八回西日本読書感想画コンクール及び、第二六回読書感想画中央コンクールの指定図書に選ばれています。そのことを作者にお伝えしたところ、とても喜んでいただけ、受賞者に向け、「未来の芸術家の君へ」と題したお手紙を書いてくださいました。後者のコンクールに入賞された皆さんの授賞式の会場に、訳者の私は翻訳したお手紙をお届けすることができました。その時、目にした受賞者皆さんの笑顔は、今でも忘れられません。他にも絵にしてくださった方々、本を読んでくださった皆さんに感謝いたします。
ここで一巻の内容に簡単に触れさせてください。絵を描くのが大好きな十二才の少女リディアが、学校の帰り道、公園のベンチで絵を描いて鳥に鉛筆をかすめとられてから、奇妙な出来事が起こり始めます。さらにおじいさんと国立美術館に行った彼女は、レンブラントの絵に触れ、一六五八年のオランダ、アムステルダムへやって来ます。その後も様々なピンチに見舞われながら、レオナルド・ダ・ヴィンチやエドガー・ドガ、ウィリアム・ターナー、ダリといった画家の時代へ次々とタイムスリップしていきます。そこで偉大な画家の素顔に触れ、絵の描き方を観察したり習ったりすることで、リディアは成長していきます。
そんな魔法の旅から戻ってしばらくし、十三才になったリディア。タイムスリップしたことを家族や友だちに話しても信じてもらえず、次第に孤独を感じるように。生気の抜けたような退屈な絵しか描けなくなったところから、今回の二作目ははじまります。ある晩、観に行ったマジック・ショーの会場で、大好きなおじいちゃんが行方不明になってしまいます。家に戻ったリディアは、携帯電話におじいちゃんを返してほしければ、川沿いの古い小屋に来るようにという謎のメールが届いていることに気が付きます。翌日、待ち合わせの場所で待ち構えていた人物は、リディアに再びタイムスリップし、当時貧しかったゴッホから名画を安値で買って帰るよう言うのです。リディアは渡された不思議なブレスレットを使って、ゴッホの時代へ。そこからさらに不思議なことに、物語上の人物であるはずのロビンソン・クルーソーの暮らす島にやって来てしまいます。
その後リディアはフリーダ・カーロの時代で、死を明るくとらえるメキシコの人々の死生観や、カーロの自由な思想や特異な世界観、パワフルで情熱的な女性としての生き様などに触れます。
葛飾北斎の時代の日本では、七十九才になってもなお、満足することなく、絵の技術を磨き続ける北斎の並々ならぬ研究心と情熱を感じ取ります。
カラヴァッジョの下では、少年を召し使いとしてこき使い、体罰をも与える画家の姿にショックと憤りを覚えながらも(スウェーデンでは一九七九年に、子どもへの体罰が法律で禁止されました)、彼から才能を見初められ気に入られたリディアは、モデルを頼まれ、画家の卓越した絵画技法を目の当たりにします。
さらに核兵器を廃絶するべきと主張したことで、軍から防衛上の危険分子とみなされ、盗聴されていたアインシュタインや、飛び級して大学で学ぶ数学少女の、天才ゆえの孤独や、時間の不思議さにも触れます。
作品中では、これらタイムスリップの場面と並行して、おじいちゃんを誘拐した黒幕の動きもスリリングに描かれています。誘拐犯は一体何者で、その思惑は何なのでしょう? またリディアの行く先々であらわれるトラは、一体?
この作品は実在した人物や実際の芸術作品が登場する歴史絵画ファンタジーで、北斎が掃除をしたくないという理由で何度も引っ越しをしたことなど、現実に則して描かれている部分と、作者のイマジネーションで描かれた部分とが入り混じっています。例えばアインシュタインは近所の女の子に数学の宿題を教えていたことがあり、その女の子の母親に、自分の方がむしろその子から様々なことを教わっているのだと言ったという逸話が残されているそうですが、ひょっとしたら最後の章で大活躍する天才数学少女は、作者がこの逸話から着想を得て創造したキャラクターなのでしょうか? こんな風にどこまでが現実で、どこからが虚構か想像を膨らませられるのも、この作品の魅力のひとつです。
ただ四章の北斎の章については、残念ながら作者のフィンさんらしからぬ誤りが見られました。北の果てのスウェーデンは、日本についての資料が乏しいのでしょうか。そのため訳出については、江戸文化の研究者で、児童書の翻訳家でもある佐藤見果夢さんから大きなご助力をいただき、誤りも正してもらいました。この場を借りてお礼申し上げます。
本作の冒頭でスランプに陥り、思うように絵を描けなくなっていたリディアも、フリーダ・カーロの名画、『二人のフリーダ』からインスピレーションを得た、『二人のリディア』という絵を描き、フリーダから感動的な賛辞をもらったり、彼女の夫で壁画家のディエゴ・リベラから「芸術はハムだ。芸術は卵だ。芸術は人々に栄養を与える」といった金言をもらったり、葛飾北斎の『富嶽三十六景』や『北斎漫画』の余りの素晴らしさに、自分は一生かけても北斎のような絵を描けるようにはならないだろうと嫉妬し、刺激を受けたりと、次第に絵を描くことへの情熱を取り戻していきます。
またリディアは六章でアインシュタインから、今日の次に明日が来るのは当然ではなく、時間は時と場合によって、一定でなくなるということ、また現実というのはしょせん、ただの錯覚かもしれないという問いを投げ掛けられます。彼の「可愛い女の子と一時間一緒にいると、一分しか経っていないように思える。熱いストーブの上に一分座らせられたら、どんな一時間よりも長いはずだ」という言葉についても考えながら、時間と空間だけでなく、現実世界と物語の境界線をも越えた今回の冒険ファンタジーを読んでいただけると、嬉しいです。
絵画芸術だけでなく、物理や科学のテーマやミステリ的な謎の要素も盛り込み、魅力を増した本作をどうかお楽しみください。