『性表現規制の文化史』&第1回メディアと表現について考えるシンポジウム 「これってなんで炎上したの?」「このネタ、笑っていいの?」個人的感想

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2017年5月に第1回メディアと表現について考えるシンポジウム 「これってなんで炎上したの?」「このネタ、笑っていいの?」を聴きに行ってからずっともやもやしていたことがある。
シンポジウム自体は素晴らしいものだったが、自分が表現規制支持派なのかどうか、シンポジウムを聴きに行って、ますます分からなくなってしまったのだ。

シンポジウムに関するブログなど……http://media-journalism.org/blog/field-review/355-mediaexpression http://d.hatena.ne.jp/beniuo/20170525/1495712188 https://www.facebook.com/Media.Expression.Symposium/?fref=ts http://www.huffingtonpost.jp/2017/05/22/media-expression-symposium_n_16749504.html http://www.huffingtonpost.jp/yumi-sera/flaming-yumi-sera_b_16740312.html

ちなみにシンポジウムは女性蔑視、差別を助長するCMの炎上についてがテーマで、性表現規制は、その中の1トピックとしてのみ扱われていたのに対し、『性表現規制の文化史』では全編に渡り性表現規制について論じられていた。

私は北欧の児童書、特にヤングアダルト(YA)の翻訳をしている者だ。私が北欧の児童書、特にYAに興味を持ったのは、北欧の児童書、YAにタブーがほとんどないからだった。北欧の児童書では、政治、性、お金、権力、社会の不平等、差別、戦争、暴力、離婚などについても、手加減なしにオープンに描かれている。しかし北欧は人権保護に熱心な国でもある。これらの国が表現の自由と人権配慮という一見矛盾しそうな2つのバランスをどのように保っているのかに私は強い関心を持っている。 表現の自由と人権への配慮の問題が最も顕著に現れた出来事に、ユランスポステンというデンマークの新聞紙によるムハンマドの風刺画掲載騒動がある。会見を求められたラスムセン首相が「政府はメディアを規制していない。干渉することは表現の自由を危うくする」として会見に応じなかったことや、同紙による「宗教をことさら嘲ちょう笑すべきではないが,民主主義,表現の自由のもとでは,からかいやあざけりなどを受容することが必要だ。しかし一部のイスラム教徒は,近代社会,世俗社会(のこうした考え)を受け入れず,特別扱いを求めている。このため,われわれはイスラムについて自主規制という危険で際限のない坂をのぼることになった。そこで今回,デンマークの風刺画作家組合のメンバーに,彼らが考えるムハンマドを描いてくれるように依頼した…」「旧ソビエトでの特派員の経験から,私は侮辱という理由を使って検閲が行われることに,敏感になっている。これは全体主義がよく使う手で,サハロフやパステルナークなど人権運動家や作家の身の上にも起こったことである…」という意思表明になぜだか私は同意できず、その時もすごくもやもやしたのだった。私にはデンマークの社会になじもうと頑張っているイスラム教徒の友人がいて、彼女がただムスリムということだけでデンマーク人から理不尽に虐げられたり、批判されているのを見ていたから、イスラムの人達の尊厳を傷つけてまでなぜそんな風刺画を描かなくてはならないのかどうしても理解できなかったのだ。

シンポジウムで取り上げられたような、女性蔑視、ジェンダーの固定化と思われる表現についての批判、炎上について、最近日本のメディアでも取り上げられることが増えている。

シンポジウムでは、昔はもっと自由にできたと感じている制作者側と、不快な表現に批判的な声を上げるようになった受け手の間で、分断が起きていると指摘があったが、実際、表現者側と受け手、また規制を検討する側という立場、意見の異なる人同士が直接意見をぶつけ合う場はあるのだろうか? シンポジウムは表現を問題視する立場の人が多かったように思えた。またとても気になったのが、シンポジウムではお笑い芸人さんなど、決定権があまりない、比較的、力の弱い人ばかりをやり玉に上げられ、政府やテレビ局、大企業などもっと強い権力を持つ人への批判が控え目だったことだ。

参考:マスコミの自主規制について

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『性表現規制の文化史』では、『家族・性・結婚の社会史』(イギリスの歴史学者ローレンス・ストーン)や『処女の文化史』(アンケ・ベルナウ)などを参考に、性規範、卑猥の意味がどのように西洋社会で規定されてきたのか、『日本人は性をどう考えてきたか』(市川茂孝)などを参考に、日本における性表現規制の歴史の概略が書かれていた。

19世紀、特にアメリカで事実報道より扇情的なことを売りにすることで新聞の部数を伸ばしたイエロー・ジャーナリズムが、男性の性的攻撃性を煽るものとして非難の対象になったことなども書かれていた。 またポルノを激しく批判したのが、婦人参政権運動を行ったキリスト教の婦人団体であったこと、男性の性的堕落を批判することで、女性の優位を協調しようとしたとも。このような団体は売春やポルノを男性による女性の性的搾取、女性の尊厳を冒涜するもの、ソドミーやオナニーを煽り、強姦等の性的犯罪へと若者を誘導する入口となると見なした。

さらに1960年代のアメリカで、女性が性的に従属的な立場を求めているような性表現が問題視され、それまでのような宗教的な理由からではなく政権力の問題から性表現規制を求める運動が活発化した。

また1980年代に一部のフェミニストにより、ポルノの存在そのものを性差別として運動を行い、いくつかの地方議会で性差別という観点からポルノを規制する条例が検討、採決されたともあった。それに対し、全米書店協会、アメリカ自由人権協会が憲法違反として執行差し止めを求める連邦訴訟を起こした。

ただフェミニストの中でも立場は様々で、性表現規制条例は性の抑圧を招くだけで、女性の解放と性差別是正にはつながらないとする人達もいたようだ。 1982年のファーバー事件の裁判の判決で青少年を性的な対象とする表現だけでなく、青少年が性的な表現に触れることまで青少年に害になるとされたものの、青少年が成熟した大人と比べて性表現から害を受けやすいという証拠は提示されなかった。

著者は日本で性表現の拡大により、性犯罪の増加や若者の道徳的頽廃が進んだという証拠はなく、むしろ性犯罪は減少傾向にあり、若者は実際の性行為から離れている、これらと因果関係が立証されていないのに、性表現を規制することへ疑問を呈していた(上は私が個人的に印象的だと思った箇所で作者の論を全て網羅したものではない。詳しくは書籍全編を参照)。

この本を メディアと表現について考えるシンポジウムで素晴らしいプレゼンをされた田中東子さんの『メディア文化とジェンダーの政治学―第三波フェミニズムの視点から』と併せて読んでみて思ったのが、日本でメディアにおいて女性がどう描かれているのかについての研究が余り進んでいなくて(『日本人は性をどう考えてきたか』(市川茂孝)という作品はあるようですが)、この分野はこれからの学問であり、白田さんや田中さんは日本においてパイオニア的存在なのではないかということでした。

medeliabunka 主に西洋での議論、法について書かれたお2方の本は大変参考になったが、アニメ、漫画という特殊なカルチャーを持つ日本ではどうなのかが書かれた本や研究も今後追っていきたい。

結局科学的な論拠、エビデンスがないと、異なる意見の人を納得させるのは難しいのかもしれないと感じた。異なる意見の人同士が議論する様子もぜひ観てみたい。 また北欧でどのような議論が行われてきたのかについても引き続き勉強していきたい。 https://www.livetblantdyrene.no/media   marte

(性、暴力の描き方ーー『僕たちがやりました』とスウェーデン映画『ミレニアム』を例に)

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今回、両方の立場の人の話を聴いて/読んで、議論はまだはじまったばかりだと思った。個人的には性をどう描くかが問題だと思う。例えば『僕たちがやりました』の中でなぜ主人公の妹の体を意味もなくセクシーに、エッチなアングルから描く必要があるのか。単純に部数を伸ばすためのサービス・ショットなのではないか。出て来る女の子の体のラインを協調し、下着などが見えるアングルから描くことは、男の子が女の子をどう捉えるかという例を示してしまっているのではないか。

『僕たちがやりました』では、主人公のトビオが好きな女の子蓮子に性交渉を求めるシーンで、無理やりにしようとして相手が嫌がって拒むシーンが出て来る。逃亡生活に入ってから主人公がゲイの浮浪者に性交渉を求められ、立場が入れ替わったことで、女の子の気持ちが分かって、ただ性の対象としてのみ扱われて嫌だったろうな、と気付くシーンが出てきて、とても素晴らしかったし、全編に渡り暴力が描かれているのに、例えば不良の市橋が車椅子になって動けないのに、同じ高校の別の不良に目の前で蓮子がレイプされそうになるシーンで、レイプというものが気軽に高校生が行うものとして描かれていたことがとても気になりつつも、命がけで蓮子を守ろうとしたところではとても感動的で、作品全体としては暴力というものの卑しさが伝わってくる内容ではあった。

ただ高校生の時と同じく大人になったトビオが、電車の中で女子高生のパンツをこっそりのぞこうとしたり、高校生のマルが買春をしたりといった場面は、性犯罪は大して悪いことではないという印象を読者に与えかねないと個人的には感じてしまった。

スウェーデンの映画『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(スウェーデン語版)でレイプシーンが出てくる。しかしこの映画でのレイプシーンは、徹底してレイプ犯が醜く、レイプによる性行為が汚らしく残酷に描かれていて、これを観て性的興奮を覚える人はいないのではないかと思った。こういう描き方をしてみてはどうだろうか。 ただ『僕たちがやりました』で蓮子がレイプされそうになるシーンでは、未遂に終わって、蓮子がセクシーに描かれていなかったのは救いだった。蓮子が強姦される様子が読者も加害者と一緒の目線で楽しみ性的興奮を覚えるような描き方がされていなかったのは、とてもよかったと思った。 とはいえ『僕たちがやりました』では買春をしたり、女子高生のパンツをのぞいたりした登場人物はそのことについて罰されない。それが単純に現実社会を投影したものという見方がされるかもしれない。問題なのは現実社会のしくみなのだろうか? それとも描き方なのだろうか? そのどちらもに私には思えるが、エビデンスがないので、感情論として片付けられてしまうのだろうか。

Feminism For Everybody『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』読書会、個人的感想

Feminism For Everybody『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』読書会に参加してきました。

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はじめに上智大学法学部教授の三浦まりさんのお話を聞きました。私は先生のご講演を先日With Youさいたまで聴いたばかりだったのですが、『私たちの声を社会へ 世界の潮流と日本の課題』という演題で、クオーター制のこと女性議員比率、パリテ、政治男女均等法などについてお話されていた前回と今回のお話はまた違った内容でした。今回は最近のフェミニズムのムーブメントについてお話されていました。

 

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「エマ・ワトソン、その胸の見せ方はいいの?」ノーブラ写真に論争起こる
フェミニズムにも違いが?実はあまり知られていないフェミニズムの多様性って? ビヨンセとアディーチェ
Women’s March

会にはサプライズで訳者のくぼたのぞみさんがいらしていて、お話されました。

その後グループに分かれてディスカッションをしました。

(印象的だったこと)

●『バッド・フェミニスト』の帯に名前が出て来るジェーン・スーさんの、女は8種類に分かれて連帯できないという言葉。今回、残業の少なさなどを判断基準に企業を選ぶ女性が多いのは甘えではないか、女性も働くべきです、などとおっしゃる方がいて、主婦の私はなぜだか勝手にぐざっときていた。人は立場、状況が違うとなぜだか相手と自分を比べて、後ろめたく思ったり劣等感を覚えたりする。でも相手が悪気がないのは分かった。何かを発信する時、必ず誰かが傷つく。恐れてばかりいたら、何も言えない。

●日本企業で働いていると、普通の服を着ているのに、あなたの服はセクシーすぎると言われたり、同僚から付きまとわれても、最初に応じたあなたが悪いと女性のせいにされたり、従順でないとお前はいい大学は出ているけれど、そんなに頭はよくないと言われたり、女性に対するセクハラ・パワハラが横行していることが分かった。私も会社勤めをしている時に、「自分は何でもできると思っているんじゃないぞ」と年配の男性に言われてショックを受けたことがある。企業の優しさ、モラルというのが大きなディスカッションのテーマになったような気がする。

 *『ザ・カンパニー』ではなく、『ザ・コーポレーション』の誤りでした。   ekono

●フェミニズムについての漫画を女性向け雑誌に持ち込んだ漫画家さんが、男性批判につながるという理由で、企画を却下された。女性向け漫画雑誌なのに編集長は男性だったそう。多分幼い女の子のエロ表現について気になるのは、メディアが暴力や批判の矛先を大企業など権力、お金を持つ相手には向けず、弱い立場の女、子どもに向けやすいからではないかと思う。強者にこびへつらい自主規制するくせに、と思ってしまうのかも。

 

●男が悪いのではない、男女の関係性の再構築、社会のしくみを変えることが大事。特権性の特徴は盲目であること。  

 

最後に紙に今日のまとめを書いてガラスに貼り付けました。 20170709_155837 私は「ベストマザー賞をもらうのはどうしていつも専業主婦じゃないの? 女性が皆、会社で8時間働くようになれば、それでいいの? 怒れるフェミニズムはもうやめよう。今私達に必要なのは優しいフェミニズム」(少し修正しました)と書きました。 参考:

映画『いのちのはじまり 子育てが未来をつくる』試写会、個人的感想

日比谷図書文化館で行われた『いのちのはじまり 子育てが未来をつくる』試写会に参加させていただきました。

この映画には様々な分野の専門家が登場します。

ハーバード大学児童発達研究所の所長ジャック・ションコフhttp://mui-therapy.org/newfinding/abuse_damage_brain.htm、『成功する子、失敗する子』でも触れられている。)、ワシントン大学学習・脳科学研究機関神経科学者パトリシア・クール(http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20141219/429325/

経済学者フラビオ・クーニャ

児童心理学者アリソン・ゴブニック

 

心理学者 アンドルー・N・メルツォフ

経済学者ジェームズ・ヘックマン http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20141114/273808/http://toyokeizai.net/articles/-/73546?page=3)、マンダ・ギレスピー

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精神分析医ヴェラ・コネリー

児童発達研究者エイドリアナ・フリードマン、遊びの研究者レナータ・メイレレス、心理学教授リノ・デ・マセロなど。

NHKスペシャル『ママたちが非常事態!?』が好きな人なら必ず熱中できるであろう映画です。

 

(印象に残った内容)
●赤ちゃんは理性がないと誤解されていたが、30年の研究でそれが間違いだと分かってきた。子どもは科学者であり、世界で一番学ぶ能力が高い。子どもは集中できないのではなく、集中することしかできないのだ。周囲からの情報を敏感にキャッチする。

●子どもがはじめて出会うのは母親。母親との関係の中で世界を知り、人を頼ることを覚える。

●主婦は社会を築く人間を育てているのに、「いつ復職するの?」とまるで社会に役立っていないかのように言われるのはおかしい。子どもと8時間も離れているのは長すぎる。親子の時間は質が大事だと言うが、量だって大事だ。例えば仕事を30分で集中してやりましたと言っても誰も職場の人は納得しないでしょう、と主張する人も。この映画には色々な主義・主張の人が出てくる。

●デンマークなどのように長期間有給で産休、育児休暇がとれる国は、母乳育児の割合が高い。ただしデンマークでも産休を1年とらずに半年で復帰する人も多い。ただ女性の立場が強いゆえ男性が4か月育休をとるケースが多い。

●父親が育児に参加しないのは夫婦の問題ではなく、親子の問題。男親も子どもと絆を深める必要がある。

●育児には色々な方法があるのに母親は自分が正しいと思いこみ、父親のやり方を間違っているとみなし、男性を育児からしめだしがち。
●子どもにおもちゃをすぐに与えすぎない。かといってあまりにも手に入りにくいと思わせるのも駄目。そうすることで子どもはさらにおもちゃに夢中になる。

●大人は子どもと過ごすことで、例えばチョコレートの銀色の包み紙がきらきら光っているとか子どものような感受性を取り戻すことができる。

●子どもには常に伝えたいことがある。子どもの声に耳を傾けることが大事。

●子どもにとって帰属意識を持つことが大事。社会、家族、地域の一員と感じる。

●癇癪は子どもが親と分離しようと、自立しようとしている証拠。親に無意識で反発しているのだ。

●親が喧嘩しているのを見て育った子は、喧嘩が問題解決の手段だと思ってしまう。

●子育てには村が必要とアメリカでは言われている。子どもは大人1人では手に負えない。社会で育てなくてはならない。社会皆で助け合えば、喜びも分かち合える。

●時短をとっていたり、産休・育休をとる人に対し、子どもを持たない人はずるいと言う。しかし、社会をこれからつくっていくのは子ども。今ある社会に1人1人が尽くすことで、子どもが将来住みやすい社会をつくることができる。

●親にとっての最大の孤独はコミュニティの喪失。

●政府は子どもを助けようとはしても、十分に養育できない親のことは支援せず、罰しようとする。政府は親を助けることで、親が子どもと過ごす時間を増やしてあげるべき。

●1ドル子どもに投資すると、7ドルの経済的利益が生じる(犯罪が減り、収監などの費用が減る。人間の能力に投資すると生産力が上がる)。

●同性婚のカップルはそれぞれ父親、母親両方の役割を果たせる。同性婚のカップルでも社会が認めれば、子どもを育てることができる。

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子どもを保育所に預けようか、何年母親が手元で育てるのが子どもにとっていいのか悩んでいた私ですが、貧困の中で必死に働きながら子どもを育てる人達の姿を見て、どんな状況にあっても、親が子どもを愛する気持ちに優劣を付けることはできない、それぞれの事情があることを再認識し、救われました。子どもを大事に思う気持ち、子どもが好きだという気持ちにもっと自信を持って、生活やお金と折り合いをつけながら、自分のできることをしてあげたいと思いました。子どもの発達、育児、遊びなど、学術的な研究がもっとお母さんにアクセスしやすくなれば、迷ったり悩んだりする人も減るのではないでしょうか。今回出てきた専門家の著書には未訳のものも多いので、ぜひ訳してほしいです。

映画の後には臨床心理士、日本プレイセラピー協会理事の本田涼子さんとユニセフの方のトークがありました。会場の様子をのせてよいとのことでしたのでアップします。

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本田さんがおっしゃっていた飛行機が緊急着陸する時、酸素マスクを最初につけるべきなのは親。子どもに最初につけて、親が窒息したら共倒れになってしまうという言葉が印象に残りました。また本田さんはブル-ス・D.ペリ-の名前も挙げてらっしゃいました。

 

 

最後に子どもと親の愛着を育てるために寝る前に佐々木マキさんの『はぐ』を読んで、ハグしてから寝るといいとも教えていただきました。家に帰ってから子どもが何を見て集中しているのか観察するのを面白く感じました。子どもと過ごすのが楽しくなりそうです。育児が辛いママにもお薦めの映画です。パパと一緒に観てもよさそうです。この映画は父親と母親が子育ての責任をなすり付け合うような映画ではありません。10ある育児時間を父親と母親で分担しあうというよりは、母親は母親で子どもとの関係を築き、父親は父親で子どもとの関係を築く。育児は夫婦の問題ではなくて、親子の問題と捉えることで、パパへのイライラも減りそうに思えました。私は子どもが好きだから、子どものために、育児をする。そういう思いで育児したいです。また社会全体で育児を支えようと考えてくれている人達の存在もまた心の支えになりそうです。

 

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私も子どもの遊び、子どもの冒険心、探究心を描いた児童書や育児書を訳していきたいです。

参考:『かぜ』

http://reikohidani.net/2479/

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『あめ』

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http://reikohidani.net/2762/

『キュッパのはくぶつかん』

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http://reikohidani.net/774/

またデンマークの子育て、ファミリー・セラピーの専門家、Jesper Juulさんの育児書もいつか翻訳できたらと夢が膨らみます。

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デンマークの脳科学と育児についての本も訳したいです。

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またデンマークのおもちゃ研究家の本や、赤ちゃんとの遊びについての本も訳したいです。

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スウェーデンのプレイ・セラピーについての絵本もあります。写真はLilla Kattenさんのサイトより。現在品切れのようですが、かつて扱いがあったようです。

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翻訳勉強会

2016年の3月にノルウェー大使館であったノルウェー文学セミナー(申し込みした人は誰でも参加できる会でした)で知り合うことができたノルウェー語翻訳者さんから思いがけずお声がけいただき、翻訳勉強会に参加させていただきました。
講師はノルウェー人の日本語翻訳者さん。村上春樹さんの作品などを翻訳されている方です。

テキストは4つ。どれも1ページ程度のとても短いもので、タイトル、作者は伏せられていました。

1つ目のテキストは鳥肌が立つほど面白く、技巧に満ちたもので、私は文学史にその名をとどろかす文豪が描いたものだろうと予想していました。

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1.

あらぬ考え

私の家に男が押し入り、ナイフで家族を襲った。私が恐怖による無気力状態からようやく脱し、飛びかかった時には、その狂った侵入者はすでに娘の胸を刺し、さらに末の子どもを――まだ乳飲み子であるかわいい坊やの喉を切り裂いていた。男は私を虫けらのように追い払った。恐怖、困惑、そうだ、復讐心に狂った私は背中を一突きしようとキッチンの引き出しから、急いでナイフを取り出した。ところが刺そうとする度、腕は動かなくなってしまうのだった。やがて三人の子どもの血で足を滑らせた私は、床の高さから、おぞましい光景を眺めた。その視点は、殺人者のそれだった。私は気付いた。その男は、知らぬ者ではない。子ども達も、わが子ではない。私自身もその男と同じく、人間ではないのだと。私は殺人者の頭の中の、あらぬ考えだった。今、私は男を制止できずに、叫ぶ妻を切りつけている。

En uønsket tanke

En mann brøt seg inn i huset mitt og angrep familien min med kniv. Han hadde alt rukket å stikke datteren vår i brystet og å skjære over halsen på vår yngste, den kjære gutten min, bare spedbarnet, da jeg endelig fikk rykket med løs fra fryktens apati og kastet meg over den gale inntrengeren. Han føyset meg vekk som en liten mygg, en knott. Skrekkslagen og forundret, ja, gal av hevngjerrighet grep jeg straks en kniv fra kjøkkenskuffen for å stikke ham i ryggen, men det var som om armene mine sovnet hver gang jeg forsøkte å stikke. Snart skled jeg i blodet fra de tre barna mine, og der nede fra gulvet så jeg plutselig den grusomme scenen fra morderens øyne, og jeg forstod at han slettes ikke var en fremmed, at barna ikke var mine egne og at jeg selv ikke var et menneske som ham, Jeg var en uønsket tanke i morderens hode. Ute av stand til å stoppe ham, stod jeg nå og hugde løs på den skrikende hustruen.

 

先生が私達参加者に、「この文章を読んで、最初にあれ、おかしいな(この文章は語り手を被害者かと最初思わせておいて、途中で実は語り手は殺人者であるということが分かるというトリッキーなものです)と違和感を感じるのはどこですか?」と質問しました。私は青字のところだと思っていたのですが、先生は赤字のかわいい坊や(den kjære gutten min)というところだとおっしゃいました。ノルウェー語だとここでkjæreというのがものすごく違和感があって気持ちが悪いのだそうです。なので「愛しい私の男の子」ではなく、参加者の1人の方がしていたように、「かわいい坊や」とするのが今のところ一番いいのかな、と思っているのですが、それで十分なのかは、いまだに分かりません。そしてもし冒頭の時点で違和感がすでに出ているのであれば、青い部分はもっと原文に寄り添わせ、無為に違和感を強調せずに、「床の高さから、殺人者の視点からそのおぞましい場面を眺めた。」とするので十分かもしれませんが、日本語としてどちらがしっくりくるのか、これもまだ自分の中で答えが出ていません。こんな風にその作品で何が肝なのかをつかむことが、翻訳では大事なんだそうです。

先生は緑のところ、Skrekkslagen og forundret, ja, gal av hevngjerrighet「恐怖、困惑――そう、復讐心だ。復讐心に狂い」などという風にリズムを変えずに、原文のリズムを残して一続きに訳した方がよいのでは、とおっしゃいました。本当にその通りだと思いました。「恐怖、困惑、そうだ、復讐心に狂った」が今のところ、一番よいのでは、と思うのですが、もっとよい訳があればどなたか教えていただけると嬉しいです。

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そして楽しい種明かし。このテキストを描いたのは、何と1978年生まれとまだ若い新人作家のJoakim Kjørsvikさん。”Åpenbart ingen nabo”(明らかに隣人はいない)という短編集の一篇だと明かされました。

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家に帰ってから早速、ネット書店で電子版を購入しました。最高にクールで才能溢れる作家さんだと思いました。

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2つ目のテキストはHanne Ørstavik”Hakk”(Cut)という長編小説の冒頭部分、3つ目はArne Lygreさんの”Tid inne”(In time)という短編集だということも明かされました。

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そして面白かったのが4つ目のテキスト。

4.

Halvveis nede i den dype søppeldunken fikk plommebarnet endelig øynene opp “Å nei, skal jeg råtne nå, uten noen gang å ha prøvd å sprette eller kjent noe hardt og blankt?” Og så, blankt klisne brødsmuler og bløtt innpakningspapir, skled han videre ned : to ganger sin egen lengde. Hurraropene hørtes viden om.

ゴミバケツに放り込まれたプラムみたいに小ちゃな子どもは、深い底に落ちている途中で、ようやく目を開けた。その子は思った。「ああ、僕はジャンプしも、硬くてつやつやした光沢のあるものに触れるかもしないまま、このまま腐っていくのかな?」それからべとべとしたパンくずや柔らかな包装紙にまみれ、底へ底へと落ちていった。落下距離は、その子の背の倍はあった。響き渡る叫び声。やった、やったぞ!

私はこのテキストはノルウェー人が描いたユーモア小説だと思っていたのですが、種明かしをされてびっくり! 何とこれは平出隆さんの『胡蝶の戦意のために』の一節を先生がノルウェー語に訳したものだったのです。

オリジナルはこうです。

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ふかい屑物入れの暗がりの中途でスモモの子はようやくにめざめた。「ああ、ぼくは、跳ぶこともなく、硬く光るものも知らずに腐るよ」。それから、濡れた包装紙やパン屑のあいだを、自分二箇分ほど下へずり落ちた。歓声が遠くに聞こえる。

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プラムはオリジナルはスモモ、ゴミバケツは屑物入れでした。ここは舞台が日本かノルウェーかで訳語の選定が変わってくるのは仕方がないのかもしれませんが、その他の差違はどうでしょうか。

先生はどの言語の翻訳者も、理解があいまいなところに限って説明を加えてしまう傾向があるとおっしゃっていて、それは私の訳文にもぴったりと当てはまっていました。例えば plommebarnetはそのまま訳すとオリジナル通り、スモモの子ですが、私はプラムみたいに小ちゃな子どもと訳してしまっていました。またスモモの種と解釈して訳す人もいるでしょう。でも解釈を加えずにスモモの子とそのまま訳せばどちらの解釈も可能です。訳者が解釈を加えることで、読者が想像力を膨らませる余地を奪ってしまうことになることがよく分かりました。またふかい屑物入れの暗がりの中途でというところも私のしてしまったようにゴミバケツに)放り込まれたと説明を加える必要はありませんでした。

響き渡る叫び声。やった、やったぞ!というところHurraropeneがropeneなら叫び声ですが、Hurraという言葉がつくので叫び声では十分ではないと考え、やった、やったぞ! と後ろめたく感じながらも説明を加えてしまっていましたが、歓声(歓びの声)とすればよかったのだな、と気付かされました。この部分、ノルウェー語版でも、日本語版でも、歓声がどんなものなのか、誰が発しているものなのかはっきりと分からないように描かれているそうです。やった、やったぞ! と説明を加えてしまうと、解釈の幅が狭められてしまいます。北欧語の翻訳で最もやっかいなことのひとつは、北欧語にこのような合成語が多いところだと思います。Hurra(hurrah, hooray, cheers)-ropene(shout,cry)は英語だとcheering(歓声)なのに、Hurraとropeneを分けて訳してしまうと、くどい日本語になってしまいます。一語で表せるものは、そのように訳すよう気をつけなくてはなりません。

: to ganger sin egen lengde「落下距離は、その子の背の倍はあった。」としてしまいましたが、日本語版では自分二箇分ほど(下へずり落ちた)となっていて、文章を分ける必要がなかったことも分かりました。

また一人の方がこれをファンタジー、子どもの本のようだとおっしゃっていて、私は平出さんが大人の本の作家であることから、いや、大人の本では、と否定してしまったのですが、後からよく日本語の文章を読み返して、そのようにとらえることもできるし、それはとてもおもしろい解釈だと気付かされました。そうやってこれは大人の本だ、子どもの本だと分け、決めつけ、他人の解釈を否定してしまった自分の浅はかさを深く反省させられました。文学というのは色々な解釈があるから面白いのですよね。北欧では議論する時にEfter min mening(私の意見では)という言葉をよく使うようですが、私にはその言葉が欠けていたのでした。

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またずり落ちたというところは、ノルウェーでもただ落ちるのではなくskledという言葉を使うことで、先生はずり落ちるというニュアンスをしっかりと出していました。私はただ落ちると訳してしまっていました。反省。

日本語で屑物入れと言うのとゴミ箱と言うのと、ゴミバケツと言うのと、くずかごと言うのとでニュアンスが異なるように思えます。søppeldunkenというノルウェー語と屑物入れという日本語はぴたりとは一致しないように思えます。屑物入れと言われると、私は家の中の小型のごみ箱を思い浮かべますし、明治時代など昔の文学に出て来そうなレトロな表現に思えます。でもこれは文化、生活環境が違うので仕方の無いことですし、先生はゴミ箱とのニュアンスの違いはご存知の上で、そのように訳したのでしょう。

先生は日本語のテキストのニュアンスを驚くほど上手につかんで訳していいるように思えました。ご自身の日本語力が高いこともありますが、日本人の方や日本で育った別の翻訳者さんとも翻訳や日本語についてよく話をするそうで、それはとても素晴らしい方法に思いました。

先生は日本語、日本の文化、文学の異質さ、つかみにくさを楽しんでおられて、そこが素敵だと思いました。私達の誤りも笑って受け止めてくださいました(もちろん出版されるとなれば、笑ってはいられないのですが)。その笑顔にどんなに励まされたことか・・・・・・!

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反省点がたくさんあって、もっともっと勉強しなくてはならないと思いました。

今まで英語の翻訳者さんが描いた本を読んで勉強してきたのですが、日本の作品のノルウェー語版を使って勉強するのも手だと思い、早速『センセイの鞄』のノルウェー語版を購入しました。これから少しずつ勉強していきたいです。

 

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ノルウェーではもちろんケースバイケースでしょうが、編集者さんがノルウェー語の訳文を読んで日本語原文を想像して変えてしまうということはあまりせずに、日本語が読めないので原文は分かりえないという考えから、出版社が他の日→ノル翻訳者にお金を払って、訳文のチェックを依頼したりするというお話を聞いたことがありました。でもそれは日本ではなかなか聞かないケースです。ノルウェーは世界で最も翻訳者の自由が守られている国のひとつなのかもしれません。翻訳者の自由、決定権が守られているからこそ、原文であいまいに書かれたところをあいまいなままに残すことができるのかもしれません。

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私は本を読むのが大好きなので、勉強会の後の懇親会で先生と日本文学の話をしたくてたまりませんでした。ノルウェー語に訳されている川上未映子さんや金原ひとみさんの作品は大好きですし、伊藤比呂美さんなども『今日』の翻訳などで素晴らしい文章を描く方だということは存じていました。

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でも先生の口から平出隆さんというお名前が出てくるのを聞いた私は、目を白黒させるしかありませんでした。不勉強で恥ずかしいのですが、『胡蝶の戦意のために』のタイトルは聞いたことがあっても、読んだことはなかったからです。amazonでこの本を買おうと思って調べてみましたが、残念ながら絶版していましたし、私の暮らす町の図書館にこの作品は置いていませんでした。日本での評価にとらわれず、そういう作家さんの素晴らしさを見ぬき、作品の味わいをそのままノルウェー語に再現している先生のような訳者に、私もなりたいです。

平出さんについてのノルウェー語の記事

https://www.nrk.no/kultur/bok/seks-internasjonale-debutanter-med-romaner-pa-norsk-1.12804336

https://www.nrk.no/kultur/bok/japanerne-kommer_-1.10919914

https://yondayonda.wordpress.com/?s=hiraide

他の日本の作家さんにも、海外で評価されるポテンシャルを持った方がいるかもしれません。村上春樹さんが、自ら海外進出を試みたように、海外を目指す作家さんがこれからさらに増えていけば面白い、と思いました。

syokugyou

私が最近訳した『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』のイルセ・サンさんも自費出版で出した作品を、自ら海外へ紹介していったとてつもないバイタリティに溢れる作者です(宣伝ばかりで、すみません)。

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懇親会では、他の参加者の方達から辞書のお話や、北欧の児童演劇のお話などをうかがうことができ、とても楽しい時間を過ごすことができました。またノルウェー語からの直接訳の出版が決まった方もいるようで、とても嬉しい気持ちになりました。こんな風に皆でわいわい楽しくお話したりして、協力しながら活動できたらどんなにいいかと思いました。皆さん私より年上で先生と呼ばれる方達ばかりで、私も混ぜてもらっていいのか、初め気後れしていましたが、本当に気取らず気さくに話してくださって夢の中にいるような気分になりました。ありがとうございました。北欧語の翻訳に取り組んでいる他の方達とも一緒に勉強できる機会が今後あればとても嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノルウェー文学セミナーについて、『いとしいあなた』(Barnet mitt)、ヒルデ・ハーゲルップ(Hilde Hagerup)作、クリスティン・ローシフテ(Kristin Roskifte)

『いとしいあなた』(Barnet mitt)(原題直訳:わたしの子ども)、ノルウェーMagikon社、56ページ

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2016年3月9日と10日にノルウェー大使館で、ノルウェー文学セミナーが行われました。

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9日のノルウェーの児童文学に関するセッションで、「ノルウェーの現代絵本 日本との比較」という題目で発表をされたスヴァイン・ストルクセンさんの営む絵本出版社Magikon社の作品のうち、特に素晴らしいと思った、『いとしいあなた』(Barnet mitt)について書きたいと思います。

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『いとしいあなた』(Barnet mitt)の文章を書いたヒルデ・ハーゲルップ(Hilde Hagerup)さんは、ノルウェーを代表する作家、クラウス・ハーゲルップ(Klaus Hagerup)さんの娘さんです。クラウス・ハーゲルップ(Klaus Hagerup)さんの作品のうち、日本語に翻訳されているのは今のところ『ビッビ・ボッケンのふしぎ図書館』(『ソフィーの世界』のヨースタイン・ゴルデルと共著)だけですが、他にも『マルクスとダイアナ』、『空よりも高く』など素晴らしい作品をたくさん描いています。

ヒルデさんも、ノルウェーを代表する児童書作家になりつつあります。

http://www.norway.org.tr/News_and_events/Cultural-Events/Success-for-Norwegian-literature-in-Turkey/#.Vvkqq_mLQ9Y(ノルウェー文学普及財団NORLA とともにトルコで児童書のプレゼンテーションを行ったようです)

http://norla.no/nb/nyheter/nyheter-fra-norla/m%C3%A5nedens-oversetter-eva-dimitrova-kaneva(NORLAの翻訳者賞を獲得したブルガリアの翻訳者さんが今までで一番感動した作品に、ヒルデさんのYA、『タンポポの歌』[Løvetannsang] を挙げています)

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今回ご紹介する『いとしいあなた』(Barnet mitt)は、ヒルデさんが書いた文章に、今回プレゼンテーションを行ったスヴァインさんの奥様、クリスティン・ローシフテ(Kristin Roskifte)さんがイラストをつけた作品です。現地での読者対象は大人だそうです。子どもを持つことのすばらしさを謳った、プレゼントにも最適な1冊です。

類書には、以下の作品が挙げられるかもしれません。

ちいさなあなたへ ちいさなあなたへ
作:アリスン・マギー / 絵:ピーター・レイノルズ / 訳:なかがわ ちひろ出版社:主婦の友社絵本ナビ
おかあさんがおかあさんになった日 おかあさんがおかあさんになった日
作・絵:長野 ヒデ子出版社:童心社絵本ナビ
ラヴ・ユー・フォーエバー ラヴ・ユー・フォーエバー
作:ロバート・マンチ / 絵:梅田 俊作 / 訳:乃木 りか出版社:岩崎書店絵本ナビ
はやくはやくっていわないで はやくはやくっていわないで
作:益田 ミリ / 絵:平澤 一平出版社:ミシマ社絵本ナビ
今日 今日
訳:伊藤比呂美 / 画:下田昌克出版社:福音館書店絵本ナビ
ママが おうちに かえってくる! ママが おうちに かえってくる!
作:ケイト・バンクス / 絵:トメク・ボガツキ / 訳:木坂 涼出版社:講談社絵本ナビ

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(要約)

夜中うなされているあなたを、わたしは後ろからぎゅっと抱きしめて、耳元で子守歌を歌った。疲れで頭がぼうっとする。あなたの寝息が穏やかになったのを確かめると、わたしはまた眠りについた。

朝がきた。わたしはパンを焼き、牛乳をコップに注ぎ、りんごを切りながら、あなたの声に耳を傾けた。「ねえ、ママ。ジャンプしてみてよ。ジャンプしている時のママって、すっごくおもしろいんだもん」重い足で、私は何とかジャンプする。するとあなたはきゃっきゃっとうれしそうに手を叩いた。するとその手がコップにぶつかり、牛乳がこぼれてしまった。キッチンペーパーではとても吸いきれない。ぞうきんをとりに行かなくちゃ。でも足が重くて、なかなか動けない。

着替え。「ちくちくするからイヤ」と言うあなたに、わたしは無理やりセーターを着せてしまったわ。するとやっぱりあなたは泣き出してしまった。確かにセーターは、ちくちくするわね。わたしはセーターを脱がせると、あなたをひざにのせ、泣き止むのをじっと待った。「保育園に行く?」と私は聞いた。でも本当はそんなこと、聞いちゃダメよね。決めるのは、大人なんだから。行かないって言われたところで、どうしようもないもの。質問をするなら、はっきりと分かりやすく。

 

 

ようやく家を出る。あなたの手を引き、階段を下りながら、わたしはふと考えた。こんな風に毎日、手を引っ張られて、あなたはどんな気持ちなんだろう? 痛い時だってあるわよね。

道端で野イチゴを見つけ、嬉しそうに摘もうとするあなた。暖かく見守ってやりたいのに、ついつい時計に目がいってしまう。

ようやく保育園に着いた。あなたの冷たい手を握りしめながら、爪に砂が入りこんでいるのに気付いて、しまったと思う。おまけに今日、森に散歩に行くのに、ココアを持ってこなくてはいけなかったのに、忘れてしまった。「毎日ちゃんと掲示板を確認してくださいね」と先生。泣き出しそうになるあなた。すると別の先生が、「今からココアを沸かすから大丈夫。さあ、お母さん、安心して仕事に行ってください」と言って、優しくほほえみかけてくれた。でも私は自分が情けなくてしかたがなかった。

仕事場でその日、会議があったけれど、私は物思いにふけってしまった。私はあなたからどれだけのものを奪ってきたんだろう? あいまいな質問をしたり、朝、あなたをせかしたり、言うことを聞かせたいあまり、甘いものをあげてごまかしたり、公園にろくにつれていけなかったりすることで。きっとたくさんのものを奪ってきたんだわ。数えきれないぐらい、たくさんのものを。

 

お昼休み、私は食堂でコーヒーを買うと、窓際のテーブルに腰かけ、町を見下ろした。人、人、人。肩車されて、お父さんの肩の上から世界を見下ろす子ども。あなたもいつか私の背を追い抜いてしまうかもしれないわね。そして私はおばあさんになる。今下にいるお年よりみたいに腰がまがり、のろのろと横断歩道を渡るようになるんだわ。

仕事が終わると、保育園にあなたを迎えに行く。いつもより早く着いたのに、あなたはもう門の前で待っていた。私はあなたを抱き上げ、髪にキスをした。「今日のお散歩はどうだったの? 森に行ったの?」でもあなたは答えない。それはあなたの秘密なんでしょうね。でも、私は知りたい。あなたが何を考えているのか。私が母親として十分なことができているのか。

帰り道、公園によった。「かけっこしよう」とせがむあなた。でも私は疲れて走る気がしなかった。するとあなたは泣き出した。私はしゃがんであなたと目線を合わせた。子どもの目。私はあなたが赤ちゃんの時のことを思い出した。もっと色々なことをしてあげられたらよかったのにって、後悔ばかりが押し寄せてくる。あなたはもう4歳になってしまった。「かけっこしようか」わたしが言うと、あなたは首を横に振った。「おうちに帰りたい」

家に帰ったわたしたちは、レゴ・ブロックでお城を作り、幼児番組を観てから、お風呂に入った。わたしがシャンプーの泡に息を吹きかけて飛ばすと、あなたはうれしそうに笑った。

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出典(Kilder):https://www.facebook.com/magikon.forlag.1/photos/pcb.1543985255893966/1543984942560664/?type=3&theater

夕飯を食べ終えると、あなたを寝かしつける。あなたはなかなか寝ようとしない。時々、わたしは怖い夢を見る。朝起きたらあなたがいなくなっていたって夢。この4年の間に、私の人生の中心になったあなたが、ある日突然いなくなったら、わたしはどうなってしまうんだろう? どうしてか分からないけれど、耐えられないと思った。

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出典(Kilder):https://www.facebook.com/magikon.forlag.1/photos/pcb.1543985255893966/1543985052560653/?type=3&theater

あなたの寝息が聞こえてきた。あなたはくまのぬいぐるみを抱え、眠っている。あなたのほっぺたは赤い。あなたは世界一うつくしい子。世界一すてきな子。面白くて、頭がよくて、勇敢で。あなたはわたしの子ども。わたしはあなたのお母さん。

体を縮こまらせて眠るあなたを、後ろから抱きしめる。あなたがお腹にいた時みたいね。あの時、わたしはあなたで、あなたは私だった。あの時、すべてがはじまったのよね。わたしとあなたの世界が。あなたは眠っている。いとしいあなた。

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Magikon社のスヴァインさんは、ノルウェー文学セミナーで、「子どもをお腹の中で育て、産み、母乳をあげるので、どうしても母親の方が子どもとの距離が近くなりがちだけれど、この絵本の主人公は別にお父さんだっていいんですよ」とおっしゃっていました。「日本では母親ばかりが、仕事と子どもどちらをとるかの選択に迫られることが多いそうですが、そんなの選べるわけありませんよ。不公平ですよ」ともおっしゃっていました。

スヴァインさんが今回、日本に行くと聞いたお子さん達は、「どうしてパパ、日本に行くの? 行かないで」と言ってきたそうです。今回は奥さんに子どもを任せて、日本に来ることにしたそうですが、日本滞在中、美しい景色を目にする度、子ども達や奥様にも見せてあげたい、と感じ、次回日本に来る時は、絶対に家族も連れてきてあげよう、と心に決めたそうです。

子育ての大変さだけでなく、喜びをも夫婦で分かち合う。子どもの成長をともに見守る。美しいものを家族みんなで見て、嬉しい気持ちを共有する。そんな家族の形があるのですね。

スヴァインさんは、毎年ボローニャ・ブックフェアに参加され、人との出会いを大切にされているそうです。今回のボローニャにも参加されるそう。「メールでPDFを送れば済むこのITの時代に、世界中から絵本関係者が大量の本を持ってブックフェアにやって来る。ひどく原始的なやり方だけど、やっぱり人は直接顔を合わせて話がしたいんですね」とおっしゃって、瞳を輝かせる姿が印象的でした。

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(性別役割分業か、共働きか?)

これから私達日本人の家族の形はどのように変化していくのでしょう? 私達は岐路に立たされています。

NHK『オイコノミア』「幸せですか⁉ 共働きの経済学」 http://mamari.jp/16337

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出典:http://mamari.jp/item/820659

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出典:http://mamari.jp/item/826024

NHK『働く母親の“罪悪感”なくすため』

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出典:http://otona-no-senaka.org/column/1087/

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出典:http://berd.benesse.jp/berd/center/open/berd/backnumber/2008_16/fea_mutou_01.html

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http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=5741(白河桃子×古市憲寿 対談(上) もっと「お母さん」を大事にしてもいい)

上の作品とは対極の意見もあります。北欧のやり方が何でも正しいとは限りません。議論を重ねた上で、私達に一番あった形を選択していければ、どんなにいいかと願わずにはおれません。

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ノルウェーの保育園事情 http://mainichi.jp/articles/20160330/dde/012/100/061000c(保育園増やせば解決か 「子育ては母」日本、「夫婦で育児」ノルウェーを比較)

 

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その他ノルウェー文学セミナーで紹介されていた作品

(児童書)

http://norla.no/nb/focus_titles/17-Tokyo-2016-BU.pdf

(大人向け)

 Bok 402

 

 

 

 

 

 

 

 

『ムンク』は日本語の紹介文があります。
http://reikohidani.net/1633/

 

 

 

 

デンマーク翻訳者向けサマースクール

2015年夏、デンマークのロスキレで開かれた翻訳者向けのサマースクールに参加しました。

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写真出典:『デンマーク語で四季を読む』より

ピア・ユール(Pia Juul)さんのワークショップに参加しました。ピアさんは訳者から作品についてたくさん質問がきた時、はじめはその訳者がデンマーク語を分からないのではないか、と心配になったけれど、やりとりを続けているうちに、段々と、不明点を細かく質問するのはその訳者のスタイルなんだな、と思うようになった、とお話されていました。

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写真出典:『デンマーク語で四季を読む』より

ノーベル文学賞の候補にもなったインガー・クレステンスン(Inger Christensen)の『蝶の谷』というソネットの翻訳ワークショップにも参加しました。イタリア語や英語に翻訳した際には、ソネットの形式を何とか保つことができるようでしたが、日本語では到底不可能だと思いました。私も日本語に訳した訳文を読み上げたのですが、読み終わった後、「長くない?」、「何か足したんじゃないの?」と皆、目が点。ヨーロッパ言語と構造がかなり異なる日本語について、他の国の訳者さんと議論するのは難しいと思いました。
ブルガリア語の翻訳者さんが、「ブルガリア語とデンマーク語はかけ離れているので、ソネットとして訳すのは難しい、デンマーク語からブルガリア語に翻訳するのは文章を書き直すのに近い部分もあるので、翻訳者は作家のように文章が上手でなければいけない」とおっしゃっていたのですが、イタリア語の翻訳者さんは「全然そうは思わない」とのこと。言語の違い、各翻訳者の考え方の違いが垣間見られた議論でした。

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また警察博物館の方がいらして、デンマークの警察組織についてのお話もしてくださいました。警察の階級についてや、警察署内の男性警官、女性警官の立場について質問が出ました。

下は博物館の様子です。

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こちらでもたくさん写真が見られます。

デンマークの警察に関する資料もダウンロードできます。

ちなみにお隣ノルウェーの警察についてはこちらサイトが役に立つかもしれません。

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また重訳についても話題に挙がりました。イタリアでは特にノンフィクションは、純文学ほどは原文のニュアンスが大事とはされておらず、重訳が多いのが現状だという話も出ました。

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イタリアでは北欧料理のレシピ本が大変人気があるというお話もうかがうことができました。翻訳者の1人でデンマーク人とイタリア人のダブルの方がこんな本を書いていて、イタリアで人気だそうです。

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画像出典(Kilder):http://www.palermotoday.it/eventi/cultura/presentazione-libro-eva-valvo-20-dicembre-2014.html

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ノルウェーの作品、『イーダ』のフランス語翻訳者さんともお話できました。フランスの博物館でIDAの展覧会が開かれるかもしれなかったそうですが、予算の問題で実現できなかったものの、訳書の評判は大変よく、2冊目が出され、さらにフランスの読者に向けて著者が書き下ろした3冊目の翻訳作業が進行中とのことでした。

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画像出典:http://www.sogensha.co.jp/booklist.php?act=details&ISBN_5=76063、amazon.fr

 

フランス語の訳者さんについての記事はこちら→http://www.norvege.no/News_and_events/Culture/literature/Le-livre–Ida-lextraordinaire-histoire-dun-primate-vieux-de-47-millions-dannees–recoit-le-prix–La-Science-se-Livre-/#.VvdrAvmLQ9Y

フランス語訳者さんが訳された作品一覧→http://www.amazon.fr/s/ref=sr_st_review-rank?rh=n%3A301061%2Cp_27%3AJean-Baptiste+Coursaud&qid=1459055309&__mk_fr_FR=%C3%85M%C3%85Z%C3%95%C3%91&sort=review-rank

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「出版社から頼まれた作品を心から好きだと思えない場合、仕事を受けるべきか?」、「翻訳者なのに通訳を頼まれることがあるが、受けるか、受けないか?」いったテーマについても話題に挙がりました。前者については、かなりの冊数を翻訳している翻訳者さんですら毎回悩むのだそうです。後者については、頼まれて何度かやったけれど、翻訳と通訳は別物だからもうやりたくない、という方もいらっしゃいました。

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イタリアの翻訳者さんからは、最近デンマークの作品で面白い本がなかなか見つからないのだけれど、ノルウェーの作家、ヨー・ネスビュは表現、言葉の使い方が大変素晴らしく(もちろんミステリで一番大事なのはプロットだけれど)、そういった表現の素晴らしさに魅せられる、彼の作品を訳すのは翻訳者として大きな喜びだ、というお話をうかがうことができました。
ヨー・ネスビュの英訳はとても質が高いという話もうかがいました。英語翻訳者さん、Don Bartlettさんはとても有能な翻訳者さんとして知られているようで、ノルウェーのラジオのインタビューでお話しているのを聞く限りはデンマーク語もノルウェー語も非常に堪能(発するのはデンマーク語)で、文学的な深いディスカッションも全く言いよどむことなく行える語学力の持ち主のようです。彼は翻訳者の間でも北欧の作家さんの間でも有名で、対応しきれないぐらい仕事が殺到しているそうです。

Donさんインタビュー:http://eurocrime.blogspot.jp/2009/11/don-bartlett-interview-of-translator_05.html

http://www.theparisreview.org/blog/2015/04/28/translating-knausgaard-an-interview-with-don-bartlett/

https://thebooktrail.wordpress.com/2015/06/14/meet-the-translator-the-word-wizard-don-bartlett/)

ヨー・ネスビュの作品を翻訳する喜びや彼の言葉の素晴らしさについては、ブルガリアの翻訳者さんもインタビューで存分に語ってらっしゃいます。

Don BartlettさんはノルウェーのKjell Ola Dahlさんに注目されていて、NORLAの翻訳者向けのホテルに滞在された際、Kjellさんの作品に出てくる第二次世界大戦下のレジスタンスのことや、Scandinavian Star号沈没事件について調査をおこなったようです。

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http://norla.no/nb/nyheter/nyheter-fra-norla/norlas-oversetterhotell-suksessen-fortsetter

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デンマークの文化、歴史を知るための遠足もありました。言葉だけでなくデンマークの文化、歴史を知った上で翻訳に取り組んでほしいというデンマーク文化庁のみなさんの思いが伝わってきました。

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http://www.kunst.dk/kunstomraader/litteratur/initiativer/sommerskole-for-oversaettere-2015/

遠足で歩きながらノルウェーのミステリ作家、アンネ・ホルト作品のポーランド語翻訳者の方ともお話することができました。アンネ・ホルトは2012年、ポーランドで” the Great Calibre Award of Honor”という大きなミステリ賞をとっているようです。ベテランっぽい風格漂う方だったのですが、それもそのはず。クナウスゴールの『わが闘争』をはじめ、ノルウェー語、デンマーク語作品のポーランド語訳の大半を彼女が手がけているのだと後で別のポーランド語の翻訳者さんから教えていただきました。私はその時丁度アンネ・ホルトの作品を訳していたところだったので、脚注についてなど、ご助言をいただけてとても嬉しかったです。
http://www.literaturajestsexy.pl/knausgaard-w-cos-trafil-z-iwona-zimnicka-tlumaczka-jezyka-norweskiego-autorka-przekladu-mojej-walki-powiesci-1-karla-ove-knausgaarda-rozmawia-jakub-winiarski/

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エージェントと翻訳者のSpeeddatingというのも行われました。イタリア語チーム、ポーランド・チーム、英語圏チーム・・・・・・に分かれて、各エージェントが待つテーブルを回ります。日本から唯一の参加者の私は英語圏チームに混ぜてもらいました。英語圏チームに対するエージェントのプレゼンテーションの熱の入りようときたら……。英語に翻訳されると、他の国に紹介される可能性が開けるので、当然なのかもしれません。また作品の試訳やレジュメの作成の仕事をしている方もいるようで、英語圏の翻訳者とエージェントの関係はかなり密なのだな、と感じました。

それにしても感心させられたのは、英語圏の訳者さん達同士がしゃべる時も全く英語を発しなかったこと。デンマーク語を皆さん貫いていました。また北欧語→英語の訳者さんがたくさんいることにも驚かされました。競争も激しいし、面白そうな作品があっても、ライバル同士だからか、皆、口に出して言わないんだな、と思いました。

後で英国の訳者さんに日本では英語に権利が売れているかどうかも出版社さんは判断の材料の1つにするとお話したところ、英語圏の出版社は、ドイツで権利が売れているかを参考にするんだよ、と教えていただきました。

deathzone

お土産に本ももらえました。

今回紹介された本の中で一番、翻訳者さんの関心を惹きつけていたのは、ノンフィクション、『海の本』Havboka)という作品だったと思います。

havboka

でもこれ、実はノルウェーの本なのです。デンマーク語とノルウェー語の翻訳両方手掛けている人も多いので、デンマークのセミナーなのに、ノルウェーの作品も紹介したのでしょう。
頑張れ、デンマーク文学! と心の中で叫ばずにはいられませんでした。今デンマークの作品で一番世界的に成功しているのは、やっぱり『特捜部Q』のユッシー・アドラー・オールセンのようで、主催者の方達も「皆、ユッシー、ユッシーばっかり言うけど、他にもデンマークの文学は一杯あるわよ」とおっしゃっていました。

あとこの本も注目されていました。

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画像出典(Kilder):http://ecx.images-amazon.com/images/I/61HGkW8w4hL._SX258_BO1,204,203,200_.jpg

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私が特に熱意を感じたのは、Informations Forlag社のMette Jokumsenさん(実用書を多く出している出版社さんです)、Copenhagen Literary Agencyの方々でした。

Metteさんからは帰国後のメールのやりとりでデンマークの育児書の書き手で一番有名なのは、Jesper Juulさんだと教えていただきました。

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Metteさんのプレゼンテーション

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辞書の使い方についてのセミナーもありました。

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デンマークの住宅事情についての講演。

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児童書についての講演。

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デンマークの児童書作家で一番存在感があるのはやはり、『おじいちゃんがおばけになったわけ』、『ママ!』のキム・フォップス・オーケソンさんだと思います。

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未訳の『にちようび』はいつか日本に紹介できたら、と思っています。

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夜の食事会では、スコットランドやポーランド、ロシア、ブルガリアの翻訳者さんなどとお話することができました。そこでは子育てと仕事の両立や、痛い時に各国でどんな風に反応するのか(私が日本でも「痛い!」と言う時もあるけれど、デンマーク人みたいに「アウ!」と声を上げることは人によるけれど、少なくて、まわりの人に心配もかけたくないから、やや抑え気味かもしれない、と言ったら、「それは日本の侍が切腹をする時に、声を上げないのと似ているね。それはサムライ・スピリットだよ」と言われて面白いな、と思いました)といったことを話しました。
ベテランの翻訳者に仕事が集中してしまい、若手がチャンスを得るのはとても難しい(どの国も同じなのですね)という若い翻訳者を、別の国の翻訳者さんが自分からやりたいとアピールして働きかけるんだよ、と励ます姿も印象的でした。

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夜にはデンマークの夏至祭を体験できました。

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https://scontent.cdninstagram.com/hphotos-xaf1/t51.2885-15/s320x320/e15/11374785_1597699957155195_475269226_n.jpg

詩を読み上げるデンマークの作家Claus Beck Nielsenさん。彼は奥さんもお子さんもいらしたのですが、女性として生きたいという自分の気持ちに正直に生きることを選択したようです。しかしマイナンバーによって、もとの性別が分かってしまい、そのことが社会的にも問題になっているのだそうです。

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http://modkraft.dk/node/13585

ノルウェーで以前開かれたセミナーでご一緒させていただいた翻訳者さんに、「この間も来ていたよね。言語を学ぶ一番の方法は、現地に来て、その言葉に触れることさ。これでいいんだよ」と声をかけてもらえました。アジアから唯一人、しかもデンマークのセミナーに初参加の私はずっと緊張しっぱなしだったのですが、その言葉を聞いて、勇気を出して参加してよかったな、と思えました。

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次回は2016年11月11日~13日に開かれるBogforumという本の見本市の晩にまた食事会を行うかもしれないそうですが、はっきりとしたことはまだ分からないようです。招待制ではなく、各自申請をする形のよう。日本から他にもデンマーク文学の翻訳に関心がある方が参加されるならぜひご一緒できたら嬉しいです(スウェーデン語、ノルウェー語話者の訳者さんもいましたので、そちらがご専門の方もぜひ☺)。

板橋区立美術館夏の教室

板橋区立美術館の夏の教室に参加しました。個人的に絵本について感じたこと、考えたことを書いてみたいと思います。ご関心ある方はおつきあい下さい。

今回のお話はどれもとても面白かったのですが、私の心に特に響いたのはフィリピンのミンダナオで子ども図書館を創設された松居友さんのお話でした。とにかく衝撃的でした。

松居さんは笑いながらこうおっしゃるのです。絵本は国境を越えるのか、というのが今回の講座の題目みたいだけど、国境なんて人間が勝手につくったものじゃありませんか? 渡り鳥が空を飛ぶのにパスポートに判子を押してもらうんですか? 大人はありもしないものを勝手に作って、「国境を越えるのは難しい~」なんて悩むんですね。可笑しいですね。

松居さんはさらにこうおっしゃいます。ミンダナオの子ども達は皆、それぞれの物語を持っている。絵本がなくても、人から人へと物語が語り継がれているのだと。お話の生きている社会、語りのある世界、絵本がなくても語るのが当たり前の社会、超自然的なものがいると大人も子どもも信じていて、遊びの世界が巷に生きている社会が今も存在するのだと。大人達が他人の子だろうと自分の子だろうと関係なく、子どもの成長を見守る社会。子ども達が自然の中で駆け回り、たくさんの会話を交わし、笑い合う姿を、周りの大人が喜びをもって受け止める社会。困った人がいたら当然のことのように助ける社会。「煩わしい」、「迷惑」そんな寒々しい言葉が飛び交う今の日本の社会とは対極にあるように思えました。

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しかしそんな地に紛争が起きてしまいます。紛争で傷ついた子ども達が松居さん達のストーリーテリングで笑顔を取り戻す映像を見て、絵本の力を再確認することができました。(出典:http://www.edit.ne.jp/~mindanao/documentarysite.html)

松居さんは日本はこんなにも豊かなのに、子どもの自殺率が高い、日本の子ども達の心の貧困の問題をどうにかしなくてはならないともおっしゃっておられました。

子どもに幸せな日々を送って欲しいと思うのは親としてごく自然な感情に思えます。でも今の日本、特に都会で暮らす子ども達は幸せなのでしょうか。そんなことを考えて、時々胸がしめつけられます。かといって今の便利な生活を手放すことはなかなかできないでしょう。混沌とした思いに1つの答えを下さったのが福音館書店の編集者、唐亜明さんのこんなお話しでした。

絵本は都市化、工業化した社会でこそ生きてくる。例えば水牛が身近にいる村で暮らす子ども達は絵本で水牛を見るより、実際乗ってみた方がいい。しかし表に出たら車がびゅんびゅん走っていて遊び場がない、自然がない、そんな近代化した社会に暮らさざるをえない子ども達もいる。そういう子達が絵本を読むことで例えばモンゴルの大草原を知ることができる。生活水準がある程度のところまで達しないと絵本というのは生きてこない。その国の経済がある程度発展しないと絵本は発展しない。絵本は都会の文化から生まれたものだと。農業的な社会で生きられない子ども達に向かって主に絵本は作られているのだと。

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参考:http://reikohidani.net/1187/(デンマーク、イブ・スパング・オルセン、子どもと自然、遊び環境について)

ボタ山であそんだころボタ山であそんだころ絵本ナビ

 

トヤのひっこしトヤのひっこし絵本ナビ

ブロンズ新社の若月眞知子さんのお話も印象的でした。日本国内だけでなく外国での翻訳出版も視野に入れて活動されているアクティブな出版社さんという印象を受けました。ボローニャ・ブックフェアなどでの海外の出版社との交流を通して多くのことを吸収し、前向きなエネルギーへと変えてらっしゃる方だと思いました。

コープロ

夏8

夏9

私が一番大好きな絵本の翻訳は『リサとガスパール』の石津ちひろさんによるものです。

リサのいもうとリサのいもうと絵本ナビ

初めて書店でその絵本を読んだ時、素晴らしすぎて一瞬、私の中で時が止まりました。単なるキャラクターものととらえる人もひょっとしたらいるのかもしれませんが、私にはそうは思えません。子どもの目線におりた文、イラスト、そして石津ちひろさんの生き生きとした素晴らしい訳文が私は大好きです。こういう訳文を書けるようになるのが私の夢です。

若月さんのお話をうかがってこういう妥協をしないこだわりのある方が営んでいる出版社だからこそ、こんなに素晴らしい作品を日本に紹介できたのではないかと思いました。また各国の絵本の発展はその国の経済状況に大きく左右されるものだということも分かりました。

ボローニャ・ブックフェアをきっかけに海外と日本両方で絵本を発表しておられるよねづゆうすけさんお話も私に多くのことを教えてくれました。(出典:http://www.ehonnavi.net/specialcontents/contents.asp?id=26、http://www.ehonnavi.net/specialcontents/contents.asp?id=168)海外と日本のニーズの違いもあるようですが、スイスの編集者さんからもらったアドバイスを非常に前向きに受け止め吸収し、自分のものにする--とても難しいことに思えますが、それを素でできてしまうところがよねづさんのすごいところで、支えてあげたい、もっと彼の作品を伝えたいと編集者さんが思われたのがよく分かる気がしました。

りんごはいくつ?りんごはいくつ?絵本ナビ

 

のりもの つみきのりもの つみき絵本ナビ

 

にじいろカメレオンにじいろカメレオン絵本ナビ

 

あいうえおあいうえお絵本ナビ

他にも広松由希子さん、三宅興子さんの素晴らしいお話も聞くことができました。詳しい内容は板橋区立美術館HPに掲載されているようです。参加者の方達ともお話できて嬉しかったです。とても充実した2日間でした。ありがとうございました。

夏1

夏2

夏3