42.自分で考えよう: 世界を知るための哲学入門

自分で考えよう: 世界を知るための哲学入門』ペーテル・エクベリ、晶文社

 

(訳者あとがき)*出版社から許可がとれたので公開させてください。

本書『自分で考えよう』(原題:Tänk Själv)は、ソクラテスの無知の知、デカルトの方法的懐疑、アウグスティヌスの時間論、カントらによる認識論といった西洋哲学の基本的考えが、子ども向けの分かりやすい言葉で示された哲学入門書です。

作者のペーテル・エクベリは、1972年、スウェーデン生まれ。ヨーテボリ大学の大学院博士課程を出ています。デカルトが哲学だけでなく、科学や天文学、数学などにもとりくんだように、彼も哲学だけでなく、天文学、物理学、神経科学、思想史も学びました。本作で哲学の枠にとらわれず、脳科学など他の学問分野との関わりにも触れているのはそのためでしょう。特に空想や、頭にイメージを浮かべる能力に強い関心を持っているそうで、本作でも、ものごとを思い浮かべる時、頭のなかで何が起きているのか、思考はどこにあるのか、といったことに多くのページを割いています。

本作はエクベリのデビュー作で、発表されたのは2009年。同年、スウェーデン作家協会のスラングベッラン新人賞にノミネートされ、ドイツ語、デンマーク語、ロシア語、韓国語、ポーランド語などに翻訳されました。以後、ロボットや人工知能、宇宙についての子ども向けのノンフィクションやSFなどを執筆しています。そして2016年には本書の続編『壮大に考えよう』(Tänk Stort!)で、子ども向けの優れたノンフィクション作品に与えられるカール・フォン・リンネ賞にノミネートされました。

本作のイラストを手がけたのは、『フィンドゥスの誕生日』(ワールドライブラリー)をはじめとするフィンドゥスとペットソンのシリーズや、『め牛のママ・ムー (世界傑作絵本シリーズ)』(福音館書店)などで有名なスヴェン・ノードクヴィスト。スウェーデンの新聞には本作に出てくるような風刺画がよく載っていますが、高福祉高負担のスウェーデンでは、納めた税金を国がどう有効に使うかなどを監視したり、批判したりすることで、権力の肥大化と政治腐敗を食い止める必要があるのでしょう。お隣のデンマークのユランス・ポステン誌やフランスのシャルリー・エブド紙でムハンマドを皮肉る風刺画が掲載され、放火事件や襲撃事件に発展した例もありますが、ノードクヴィストの風刺画は、批判の矛先が他国の文化、宗教ではなく自国に向けられていて、あたたかみと心地よさを失わないユーモアで、作品を愉快に盛り上げてくれています。

この本が生まれたスウェーデンは、クリーン・エネルギー、教育機会の平等、手厚い介護や年金制度、男女平等(日本の女性運動に影響を及ぼした思想家のエレン・ケイはスウェーデン出身)、オンブズマン制度などのモデル国として日本で注目されてきました。また子どもに対する暴力が法律で禁止されていたり、1970年代に選挙権をすでに18歳まで引き下げ、さらに若者の政治への関心の高さゆえ現在16歳への引き下げまでもが検討されていたりと、子どもの権利が重視されています。人口約960万人と非常に小さな国ですが、IKEA、H&M、エリクソン、Spotify、VOLVOといった企業の進出も著しいです。

スウェーデンがこのようなモデル国となりえた背景には、イギリスやドイツなど他国の思想に影響を受けつつも、議論を重ねることで独自の思想を生み出してきたことがあるように思えます。スウェーデンの学校では、異なる考えを尊重し、理由や根拠を示しながら議論をし、考えを発展させる術を学ぶそうです。論理的にユーモアを忘れず楽しみながらグループで議論する様子は、学校や家庭、職場などで当たり前に見られる光景のようです。

スウェーデンはリンドグレーンをはじめとする優れた児童書作家を多く輩出していることでも知られていますし、文化的に緊密な関係にあるノルウェーから生まれた、哲学を題材にした児童書『ソフィーの世界』は世界的な大ヒットになりました。北欧の児童書作家は、相手が子どもであっても心を開いて、本音で語りかけます。この本の作者も、「社会のリーダーが公正と善という言葉の意味を理解していなかったら、どうなる?」「ある文化で正しいとされていることが、ほかの文化で“おかしい”、“まちがっている”と言われることがある」などストレートな問いを、子どもの読者にさらりと投げかけてみせます。また、女性が歴史上、男性とまったくおなじ教育の機会を得られなかったことをも包み隠さず書いた上で、教育を重視し、女性が男性とおなじチャンスを得られる社会をつくるために奮闘してきた人達のことにも言及しています。

現代の日本社会には一筋縄ではいかない難題が山積していて、それらの打開策を見出すための思考法が求められています。また相次ぐテロや拉致・人質事件、戦争、紛争などを目の当たりにし、世界のものの考え方、論理、様々な価値観を知る必要を感じている人も多いでしょう。

他国のやり方をただまねするだけでは日本の問題を解決できません。わたしたちが、自分で考える必要があるのです。その考え方のひとつの例がこの本では示されています。

(中高生も楽しめるディベート番組一覧)

Abema TV千原ジュニアのキング・オブ・ディべート

Abema TV ウーマンラッシュアワー村本大輔の土曜The NIGHT

TBS好きか嫌いか言う時間

NHK Rの法則

 

(本文より)

知らない、ということを知る(無知の知)

賢い人とは、多くのことを知り、理解している人だと言われている。でも自分たちがたいして知らないということを知ることが、真実に近づく第一歩になる。そう考えたのは、ソクラテスだった。
当時、ソクラテスを支持し、かれの話に耳をかたむけ、かれと対話した若者が大勢いた。ソクラテスは運動場にしょっちゅうあらわれては、「体だけでなく魂や思考もきたえるべきだ」ととなえた。
こんなソクラテスだから、「ソクラテス以上の賢者はいない」というアポロン神殿のお告げがあったときいて、びっくりしたのも無理はない。
ソクラテスは自分が賢いなんて、さらさら思っていなかった。「自分はただ、さまざまな問いを立ててきただけだ」と思っていたんだ!
ソクラテスはそのお告げがまちがっているとしめしたくて、政治家や作家、職人といったさまざまな分野の知者をたずね歩いた。
ところがそれらの人たちと言葉をかわしたあと、かれがいだいた感想はこんなものだった。「わたしたちはだれ1人として、真に価値あることを知らないようだ。わたしは本当に価値のあることはなにも知らないし、自分が知っているとも思わない。一方、あの人たちは知らないのに、知っていると思っている」
ソクラテスは気がついた。「問いつづけることについては、自分がいちばん知っているのかもしれない」と。そこでかれは言った。「わたしは自分が知らないということを、知っている」
ソクラテスはさまざまな土地を訪れたことで、多くを知ったとは考えなかった。それどころか、「自分は実際なんにも知らない」ってことを知ったんだ。

(本文より2 喧嘩せずに議論するには?)

哲学の議論をとおして、人は真実をさぐろうとする。ソクラテスは好奇心が強く、議論や討論を愛した。問いを立て、それに答えることで、不変の答えや真実にたどり着けると考えた。真実にたどり着くには、忍耐力と寛容さと正直さがひつようだ。
哲学者は理性的な議論を積極的に行う。また哲学者にとっての勝者は、最良の議論だ。相手の提案のほうが正しければ、自らの考えを変えることもありうる。哲学者はあたらしいものごとを学びたいという意欲にあふれている。またある問いに対し相手の論のほうが筋が通っていれば、よろこんで自分の意見を変えるだろう。
哲学者にとってたいせつなのは、「だれが正しいか」じゃない。「なにが正しいか」だ! よい哲学者は自分の考えを批判されても怒らない。また哲学的議論をするとき、うそをつかず、本当のことを言う。
つぎにきみが友だちとけんかすることがあれば、いまのことを思いだしてみるといいかもしれないね。

 

参考:TEDより クリティカル・シンキングを養うための5つのヒント

物事を深く考え、情報化社会の中で嘘の情報に惑わされず、何が正しいか判断をし、選択という私達に与えられた権利を存分に行使するためには、どうしたらいいのだろう? グローバル化社会の中で、文化の異なる人達とも対話し、互いの価値観を認め合うには? 私達ひとりひとりが理性を働かせ、選択することで、この欺瞞に満ちた世界を理性的で公正な場所に少しずつ変えられるかもしれない。

(類書)

『10代からの哲学図鑑』マーカス ウィークス 、スティーブン ロー、 日暮 雅通、三省堂

哲学は物事の本質を問うもの。哲学に出てくる言葉の定義には、各国語で少しずつずれがあって、翻訳すると、ひずみが生じやすいのかもしれない。しかしこの本の訳はそんな困難さを感じさせない見事なものだった。子ども向けの哲学の入門書は、かみくだきすぎていたり、論が局所的だったり、散漫になっていたりして、結局何も心に残らないものと、用語の説明に終始した小難しいものとで、2局化しているような気がするが、この本では西洋哲学が包括的に説明されており、哲学の用語解説に終始することなく、哲学の世界で繰り返し問われてきた問い、疑問が本質的に何であるのか、哲学の考え方を示すことに力点がおかれている。地味だけれど、かなりの良書。手元に置いておいて関心のある事項、調べたい事項が出てきたらその都度、調べるのによいだろう。

 

『はじめての哲学』竹田 青嗣 、PHP研究所

哲学とは何かや、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、デカルト、アウグスティヌスなど各哲学者の考えが、哲学者、竹田青嗣さんの言葉で分かりやすく紹介されている。

 

『よいこととわるいことって、なに?』オスカー・ブルニフィエ 、 クレマン・ドゥヴォー 、 重松 清、 西宮 かおり 、朝日出版社

「何でどろぼうしちゃいけないの?」、「思ったことを何でも口にしていいの?」、「こまっている人がいたら助けてあげる?」などの問いへの答えが子どもの読者と一緒に考える形で示されている。

『いま世界の哲学者が考えていること』岡本 裕一朗、ダイヤモンド社

哲学は過去のものではなく、現在進行形のものであることが分かる今最も熱いノンフィクションの1つ。

『人間さまお断り 人工知能時代の経済と労働の手引き』ジェリー・カプラン、安原 和見、三省堂

『自分で考えよう』の著者の専門の1つ、人工知能とこれからの社会のあり方が示された作品。YA世代も大人も楽しめる。

 

『考える練習をしよう』マリリン・バーンズ 、マーサ・ウェストン、 左京 久代、晶文社

子ども向けの哲学入門の定番書。

『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』原田 まりる、ダイヤモンド社

哲学を現代の若い人達に親しみ易い言葉で物語形式で描いた作品。哲学は今を生きる私達にも必要なもの。現代の日本の若い人向け、ソフィーの世界と呼べるか。

『ソフィーの世界』ヨースタイン ゴルデル、 池田 香代子、NHK出版

同じく哲学を物語形式で描いた作品。ゴルデルはスウェーデンの隣国ノルウェーの作家。世界的な大ヒットとなった。

 

『意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論』ジュリオ・トノーニ、マルチェッロ・マッスィミーニ 、花本 知子、亜紀書房

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