21. カンヴァスの向こう側

書影

 

『カンヴァスの向こう側』フィン・セッテホルム作、評論社、2013年

”Lydias Hemlighet”, Finn Zetterholm

kanvas

あらすじ

リディアは、絵を描くのが大好きな十二歳の女の子。公園で不思議な少年に出会ってから、まわりでは変なことばかり。おじいさんと出かけた美術館で、絵画にふれてしまったリディアは、絵画の世界に迷いこみ…待ち受けるのは、どんな冒険でしょう?気難しかったり、冗談好きだったり、気のいい飲んべえだったりと、素顔の巨匠に出会えます。名画をめぐる時空を超えたファンタジー。

作家紹介

フィン・セッテホルム(Finn Zetterholm)

1945年、スウェーデンの古都シグトゥーナで作家の両親の間に生まれる。両親の影響からか自然に児童書の著作活動に入る。スウェーデンでは知らない子どもはいないというほど人気の、テレビアニメ番組の主題歌を手がけた作詞・作曲家、歌手。現在はコンサート活動を行うかたわら、児童書作家としても活躍している。本書はイタリアの「チェント賞」、オランダのセレクシス青少年文学賞」を受賞している。

あとがき

 この本の主人公リディアは絵を描くのが大好きな十二歳の女の子です。子ども部屋の壁いっぱいに絵を描いてしまいお父さんとお母さんをかんかんにさせてしまうなど、ちょっと変わったところはあるものの、毎日学校に通う平穏な日々を送っていました。
 ところが学校の帰り道に公園のベンチで絵を描いている時に鳥に鉛筆をかすめとられてから、奇妙な出来事が起こり始めます。医者であるおじいちゃんの営む病院の絵から女の子が消えてしまったり、鳥に顔がそっくりな少年から渡された薬を飲んだとたん、スペイン語が分かるようになったり……。
 さらにリディアはおじいさんと行った国立美術館でレンブラントの絵に触れ、一六五八年のオランダ、アムステルダムにタイムスリップしてしまいます。リディアはレンブラントのメイドのヘンドリッキェと仲良くなったり、レンブラントに才能を見出され絵の描き方を教えてもらったりと、アムステルダムでの生活に段々と慣れていきます。ところがある日大雨が降り、土手に流れ込んだ海水にリディアは飲みこまれてしまいます。流れてきた絵に必死でつかまると、今度はベラスケスの時代のスペインにやって来てしまいました。
 このように様々なピンチに見舞われながら、レオナルド・ダ・ヴィンチ、エドガー・ドガ、ウィリアム・ターナー、ダリといった有名画家の時代へ次々タイムスリップしていくリディア。そこで画家たちの素顔に触れ、絵の描き方を観察したり習ったりすることで成長していきます。でもいつまでも過去の世界にいるわけにはいきません。一体どうしたら大好きなおじいちゃんやお父さん、お母さん、友だちのリンが待つ二十一世紀のスウェーデン、ストックホルムに戻れるのでしょうか。
 この作品は美術史に基づいたファンタジーです。例えば第二章で王女と隠れんぼすることになったリディアが、ヴェラスケスの工房に迷む場面で、『侍女たち(ルビ:ラス・メニーナス)』の絵の中に、カンヴァスと向き合うヴェラスケスの姿が描かれ、そのカンヴァスの中にもカンヴァスと向かい合うヴェラスケスの姿が描かれ、さらにそのカンヴァスの中にも……と、永遠に続いていったら面白いのではないかと作者のフィン・セッテホルムさんは考えました。実際の絵の中ではカンヴァスの向こう側は見えませんが、このような想像が加わることで、物語が一層幻想的で神秘的なものに思えるのではないでしょうか。読んでいる私たちの想像力も無限に膨らんでいくようでわくわくさせられます。
 第三章『ラ・ジョコンダ--モナ・リザ』では、お腹が痛くなったジョコンダがトイレからなかなか戻ってこなかったので、レオナルド・ダ・ヴィンチがリディアに代わりにモデルをするよう頼む場面が出てきます。ここは原書の表紙にもなるほど印象的な場面ですが、世界的名画のモデルに一瞬でもリディアがなったという想像はかなり大胆に思えるかもしれません。でも実は専門家の間ではダ・ヴィンチは一五一九年にこの世を去るまで、この絵に手を加え続け、完成させることはなかったという説があるそうです。ジョコンダが物語の中で、いつまで経っても絵が出来上がらないと怒っていたように、これだけ長い期間かけて描かれたのであれば、ダ・ヴィンチがジョコンダだけでなく、途中で違う女性をモデルにしたことも十二分にありえるそうです。またモナ・リザのモデルはジョコンダではなく全く別の人物なのではないかという説もあり、モデルについての真相はなぞのベールに包まれたままなのです。
 作者のフィンさんによる、リディアが迷い込む名画の世界の描写は実に見事で、読んでいる私たちまで画家たちの時代にタイムスリップしたような気分になれます。この作品はフィンさんの母国、スウェーデンだけでなく、ヨーロッパの様々な国が舞台となっています。そんな本作がイタリア語、オランダ語、フィンランド語、ポルトガル語などたくさんの言葉に翻訳され、中でもレンブラントの母国オランダで「セレクシス青少年文学賞」を、ダ・ヴィンチの母国イタリアで「チェント章」を受賞したことからも、本国の人たちが読んでも違和感を感じないほど、緻密に風景や風俗などが再現されていることがよく分かります。
 作者は美術の専門家ではありませんが、美術館で絵を見たり、美術書を読んだり、画家の伝記を読んだりするのが長年の趣味で、その知識をもとにこの作品を描いたそうです。私も作品名、画家名、地名などを日本語に正確に訳すため、リディアではありませんが、美術書を幾度となくむさぼり読みました。そしてその度フィンさんの知識の豊富さに驚かされるのです。
 例えば第四章の『バレエの教室』で、バレリーナを夢見る少女イヴェットのファンを名乗る中年男性アンリが彼女に付きまといますが、当時若いバレリーナの取り巻きをする中年の男性が多数いたそうです。ドガはそんな彼らの姿を批判的な視点からとらえた作品を残しているようです。
 こんな風に言うと、難しいお話に思えてしまうかもしれませんが、そんなことは全くありません。リディアやおじいちゃんだけでなく、出てくる画家も個性派ぞろいで、きっと楽しんで読めることでしょう。
 第三章のダ・ヴィンチは登場場面からして強烈です。森に大きな鳥のようなものが落ちてきたと思ったら、それは実は鳥ではなく、翼を真似て作った羽根で飛ぶ実験をしていたダ・ヴィンチだったのです。さらにダ・ヴィンチは道で鳥かごに閉じこめられ売られていたツグミをかわいそうに思い、全て買ってかごから放ちリディアを驚かせます。
 一番の奇人は何といっても第六章のダリでしょう。自分の乳歯を家の装飾代わりに天井に飾ったり、面白いからという理由で8歳までベッドでおしっこをしたりするのですから。
 また他の画家ほど有名ではありませんが、ドガの弟子として登場するこの作品唯一の女性画家、メアリー・カサットにも注目していただけたらうれしいです。彼女は女性画家が出始めたばかりの時代に、画家として大成したいという野心と信念を持っていました。物怖じしない性格で、師匠であるドガにも真っ向から意見をぶつけます。それでいて愛くるしくて茶目っ気のある彼女のことを、奥手で気難しいドガも大事に思わずにはいられない様子です。そんなカサットの姿は画家という夢を求めてひた走るリディアと重なるところがあるように思えるのは私だけでしょうか。ひょっとしたらいつかリディアが二十一世紀のメアリー・カサットと呼ばれる日がやって来るのかもしれません。
 おじちゃんや世界の有名画家たちがリディアの才能を引き出したように、この本が皆さんを美術の世界へと誘う案内役となれば訳者としてこんなに光栄なことはありません。

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