板橋区立美術館の夏の教室に参加しました。個人的に絵本について感じたこと、考えたことを書いてみたいと思います。ご関心ある方はおつきあい下さい。
今回のお話はどれもとても面白かったのですが、私の心に特に響いたのはフィリピンのミンダナオで子ども図書館を創設された松居友さんのお話でした。とにかく衝撃的でした。
松居さんは笑いながらこうおっしゃるのです。絵本は国境を越えるのか、というのが今回の講座の題目みたいだけど、国境なんて人間が勝手につくったものじゃありませんか? 渡り鳥が空を飛ぶのにパスポートに判子を押してもらうんですか? 大人はありもしないものを勝手に作って、「国境を越えるのは難しい~」なんて悩むんですね。可笑しいですね。
松居さんはさらにこうおっしゃいます。ミンダナオの子ども達は皆、それぞれの物語を持っている。絵本がなくても、人から人へと物語が語り継がれているのだと。お話の生きている社会、語りのある世界、絵本がなくても語るのが当たり前の社会、超自然的なものがいると大人も子どもも信じていて、遊びの世界が巷に生きている社会が今も存在するのだと。大人達が他人の子だろうと自分の子だろうと関係なく、子どもの成長を見守る社会。子ども達が自然の中で駆け回り、たくさんの会話を交わし、笑い合う姿を、周りの大人が喜びをもって受け止める社会。困った人がいたら当然のことのように助ける社会。「煩わしい」、「迷惑」そんな寒々しい言葉が飛び交う今の日本の社会とは対極にあるように思えました。
しかしそんな地に紛争が起きてしまいます。紛争で傷ついた子ども達が松居さん達のストーリーテリングで笑顔を取り戻す映像を見て、絵本の力を再確認することができました。(出典:http://www.edit.ne.jp/~mindanao/documentarysite.html)
松居さんは日本はこんなにも豊かなのに、子どもの自殺率が高い、日本の子ども達の心の貧困の問題をどうにかしなくてはならないともおっしゃっておられました。
子どもに幸せな日々を送って欲しいと思うのは親としてごく自然な感情に思えます。でも今の日本、特に都会で暮らす子ども達は幸せなのでしょうか。そんなことを考えて、時々胸がしめつけられます。かといって今の便利な生活を手放すことはなかなかできないでしょう。混沌とした思いに1つの答えを下さったのが福音館書店の編集者、唐亜明さんのこんなお話しでした。
絵本は都市化、工業化した社会でこそ生きてくる。例えば水牛が身近にいる村で暮らす子ども達は絵本で水牛を見るより、実際乗ってみた方がいい。しかし表に出たら車がびゅんびゅん走っていて遊び場がない、自然がない、そんな近代化した社会に暮らさざるをえない子ども達もいる。そういう子達が絵本を読むことで例えばモンゴルの大草原を知ることができる。生活水準がある程度のところまで達しないと絵本というのは生きてこない。その国の経済がある程度発展しないと絵本は発展しない。絵本は都会の文化から生まれたものだと。農業的な社会で生きられない子ども達に向かって主に絵本は作られているのだと。
参考:http://reikohidani.net/1187/(デンマーク、イブ・スパング・オルセン、子どもと自然、遊び環境について)
ブロンズ新社の若月眞知子さんのお話も印象的でした。日本国内だけでなく外国での翻訳出版も視野に入れて活動されているアクティブな出版社さんという印象を受けました。ボローニャ・ブックフェアなどでの海外の出版社との交流を通して多くのことを吸収し、前向きなエネルギーへと変えてらっしゃる方だと思いました。
私が一番大好きな絵本の翻訳は『リサとガスパール』の石津ちひろさんによるものです。
初めて書店でその絵本を読んだ時、素晴らしすぎて一瞬、私の中で時が止まりました。単なるキャラクターものととらえる人もひょっとしたらいるのかもしれませんが、私にはそうは思えません。子どもの目線におりた文、イラスト、そして石津ちひろさんの生き生きとした素晴らしい訳文が私は大好きです。こういう訳文を書けるようになるのが私の夢です。
若月さんのお話をうかがってこういう妥協をしないこだわりのある方が営んでいる出版社だからこそ、こんなに素晴らしい作品を日本に紹介できたのではないかと思いました。また各国の絵本の発展はその国の経済状況に大きく左右されるものだということも分かりました。
ボローニャ・ブックフェアをきっかけに海外と日本両方で絵本を発表しておられるよねづゆうすけさんのお話も私に多くのことを教えてくれました。(出典:http://www.ehonnavi.net/specialcontents/contents.asp?id=26、http://www.ehonnavi.net/specialcontents/contents.asp?id=168)海外と日本のニーズの違いもあるようですが、スイスの編集者さんからもらったアドバイスを非常に前向きに受け止め吸収し、自分のものにする--とても難しいことに思えますが、それを素でできてしまうところがよねづさんのすごいところで、支えてあげたい、もっと彼の作品を伝えたいと編集者さんが思われたのがよく分かる気がしました。
他にも広松由希子さん、三宅興子さんの素晴らしいお話も聞くことができました。詳しい内容は板橋区立美術館のHPに掲載されているようです。参加者の方達ともお話できて嬉しかったです。とても充実した2日間でした。ありがとうございました。