26. ドコカ行き難民ボート

dokoka

ドコカ行き難民ボート。 (汐文社) – 2015/4
シモン ストランゲル (著), Simon Stranger (原著), 枇谷 玲子 (翻訳)


(あとがき)

このお話はフィクションですが、サミュエルたちのように海をボートで渡ってヨーロッパを目指す難民は実際にいるようです。
作者のシモン・ストランゲルさんが、原書の最後に挙げている以下のサイトからも、そのことがよく分かります。英語のサイトですが、ぜひインターネットで観てみてください。映像を観るだけでも緊迫感が伝わってきます。簡単に内容をご紹介させてください。


(二〇〇七年、イギリスJourneyman Pictures)
このドキュメンタリ映像の出だしでは、カナリア諸島はヨーロッパの旅行者が多く訪れるリゾート地として紹介されています。観光客が海岸で日光浴をしたり、海で泳いだりと楽しいバカンスを過ごす中、海の向こうからたくさんのアフリカ系難民がひしめき合う粗末なボートがあらわれました。その様子を、目を丸くしてながめる人たち。ボートに乗っていたのはアフリカ、中でもとりわけ多いのは、西アフリカからの難民です。彼らはアフリカからヨーロッパの最も西にある領土であるこのスペイン領、カナリア諸島に、十一日前後の長い日数をかけ、命がけでやって来たのです。ボートは難民らがカナリア諸島に着いて間もなく浸水し、沈んでしまうこともあるほど、粗末で、状態が悪い場合が多いそうです。
かつてはモロッコからスペイン本土に渡る難民が多かったそうですが 、スペイン本土での取り締まりが厳しくなったことから、セネガルなどの南アフリカ沿岸の国からカナリア諸島 という新たな密航ルートがとられるようになったと紹介されています。
港で彼らの救護にあたる、赤十字の職員たち。職員は難民をテントに移動させ、食事を配ります。それほど広くなく、数も少ないテントの中で、映像が撮られた日は、五百人近い難民がひしめき合っていたようです。これだけ人が密集していると、一人が病気になれば、種類によっては、たちまち広まるリスクもあります。難民の人たちは、無事たどり着けた喜びからか、難民同士、また職員とも冗談を言い合い、笑い合う場面も。その中で脱水症状や体温低下、過度の日焼けなどから、手当や治療が必要な難民を職員が見抜き、医療車へと移動させます。その映像ではそれから三日後に、難民たちが一時受け入れ施設に移動させられると報じられていました。
映像には、セネガルに暮らす少年へのインタビューも収録されています。その少年はかつてセネガルから海を渡ったものの、強制送還されてしまったそうです。少年は言います。
「両親は自分のために全財産を投げ打って、密航料を支払ってくれた。なのにそれを無駄にしてしまった。悔しいし、恥ずかしい。セネガルにいても仕事がなくて、家計を助けることができないんだ」
さらにそのドキュメンタリには、首都郊外の大学近くのコンクリートの壁に描かれた、ある絵が紹介されています。それを描いた芸術家がカメラの前で説明します。ボートにたくさんの難民が乗っている絵です。ボートが目指す先には、スペインの国旗が。ボートの上で亡くなり、海に沈められる人たちの姿も描かれています。ボートに乗る難民たちの頭上には、『バルザフ』の文字。イスラム教の言葉で、死の後最後の審判を待つ間の中間段階を指すそうです。ボートには今回の作品とは異なり”TEKK? “という言葉が書かれています。「成功するか?」という意味だそうです。スペインに渡ったところで、成功するかどうか、それは分からない、という意味だと芸術家は言います。その言葉の通り、何とか海を渡ったところで、あっさり強制送還される恐れもあります。それを何とか免れても、ヨーロッパの社会に適応し、すぐに仕事を得られるとも限りません。貧しい家族にお金を送りたいという願いは必ずしもかなわないという現実があるのです。この本は単独でも楽しめますが、もしたどり着いた先の生活について詳しく知りたい人がいれば、同じシリーズの『地球から子どもたちが消える。』に詳しく描かれていますので、そちらもぜひ読んでみてください。
シモンさんは原書の最後に、さらにもう一作、ドキュメンタリを紹介しています。

(Travelling with Immigrants – Mali、二〇〇七年、イギリスJourneyman Pictures)
こちらのドキュメンタリではボートで海を渡る前、アフリカ諸国からサハラ砂漠の玄関口、マリのガオへ移動。そこからまたトラックで二週間近くかけ、サハラ砂漠を渡り、海沿いの町を目指す様子にスポットが当てられています。ボートが出る出発地は取り締まりが強化されると、リビア、モロッコ、セネガルなど次々場所が移されるそうです。海を渡る距離が長くなればなるほど、命を落とすリスクは高まります。ボートで海を渡るのはもちろん困難に思えます。ただ映像を観ると、その前の段階、サハラ砂漠を渡るのも非常に困難であることが分かります。体力も消費することでしょう。その状態でボートに乗るなんて――想像するだけで気の遠くなる思いがします。
さらに知りたい人は難民支援協会のサイトがとても参考になります。https://www.refugee.or.jp/event/ さまざまな講座やイベントを行っているようです。
特に次のページは日本にいる難民の状況を知るのに役立つはずです。https://www.refugee.or.jp/story/main.shtml
AAR Japan[難民を助ける会]http://www.aarjapan.gr.jp/about/のサイトもまた参考になります。
これらの協会が薦めている書籍を中心に、さらに知りたい人たちの助けになりそうな書籍をここに挙げておきたいと思います。
『日本と出会った難民たち 生き抜くチカラ、支えるチカラ』(根本かおる、英治出版)

『海を渡った故郷の味』(難民主演協会)

『「未来」をください―世界の難民の子らに、希望の光を』(本間 浩監修、小学館)

『日本の難民認定手続き − 改善への提言』(難民問題研究フォーラム編、現代人文社)

『ママ・カクマ 自由へのはるかなる旅』(石谷敬太編、石谷尚子訳、評論社)

『イヤー・オブ・ノー・レイン―内戦のスーダンを生きのびて』(アリス・ミード作、横手美紀訳、鈴木出版)

『はばたけ!ザーラ―難民キャンプに生きて』(コリーネ・ナラニィ作、野坂悦子訳、鈴木出版)

この本が世界の貧困や難民の人たちについて、皆さんが興味を持つきっかけとなればとても嬉しいです。
私がこの本をぜひ日本に紹介しようと決めたきっかけとなったのは、昨年NORLA(ノルウェー文学海外普及財団)というノルウェーの文学団体主催の翻訳者セミナーに参加し、夕食の席で本作をアラビア語に訳し、アラビア語の翻訳賞を受賞された翻訳者さんとお話したことがきっかけです。その本はパレスチナで出版され、大きな話題になったそうです。シモンさんは実際パレスチナの学校を訪れ、作品について生徒たちと意見を交わしました。翻訳者の方はモロッコ出身で、アラビア語が母語。ノルウェーに難民としてやって来ましたが、現在はノルウェー語を自在に操り、翻訳者、ジャーナリストとして活躍されています。実際の難民としてヨーロッパを渡った方が、素晴らしいと太鼓判を押した作品なら、きっと内容的に信頼がおけると思ったのです。 作者のシモン・ストランゲルさんはもちろん、シモンさんの作品を高く評価し、出版までご支援くださった編集の仙波敦子様、翻訳協力をしてくだった三瓶恵子様、この本に出会うきっかけを与えてくださったNORLAの皆さんや、同じくNorlaのメンター・プログラムを通じて訳文についてご助言をくださったノルウェー夢ネットの青木順子さんにこの場を借りてお礼申し上げます。

枇谷 玲子

 

 

(作者より)

日本の読者のみなさんへ

今から二十年近く前、ぼくは友人とその父親と、三十二フィート(およそ九メートル七十五センチ)のヨットで、フランスからカリブ海のカナリア諸島を目指していました。
その時、ぼくは十九才。高校を卒業したばかりで、世界へ飛び出そうとしていました。
ところが途中(とちゅう)で、ヨットの変速装置がきかなくなってしまいました。風が止み、潮に流されるまま、果てしない海の真ん中をただようヨットの上で、ぼくらはただ仰向けになっていました。
その十年後、ぼくはカナリア諸島の島のひとつ、グラン・カナリア島を一家の父として、再び訪れました。
その時ぼくは、『記憶』(原題“Mnem”、二〇〇八年ノルウェーで発表)という大人向けの小説に収録する四ページの短いマンガの物語を考えていたところでした。
本の完成を間近に、ぼくは探求しきれていないもの、描ききれなかったものが、たくさんあるように感じていました。
そんなぼくにとって、カナリア諸島は完ぺきな場所でした。
その島ではヨーロッパからの家族連れが、海岸で日光浴をしたり、海で泳いだり、砂のお城をつくったり、おいしいご飯を食べたりして、夏休みをすごしていました。
でもそのすぐそばでは、夢を求め、ヨーロッパを目指していたアフリカ人の子どもや若者が、息絶えている。
正反対の光景です。
世界の縮図みたいな。
いつだか、はっきり思い出せないのですが、後のある日、ぼくの目の前にひとりの女の子の姿がぱっと浮かびました。観光客が集う場所をはなれ、ジョギングをしていたその女の子の前にふと、難民ボートが現れました。
ぼくは考えました。
「この子は誰なんだろう? ボートの中の難民たちに、それぞれ物語はないのかな?」
そうしてこの『ドコカ行き難民ボート。』を書きはじめたのです。
これは様々な意味で、ぼくの転機となった作品です。この本はたくさんの言葉に訳され、ぼくを新たな地へ、新たな読者の下へと導いてくれました。
そして今度は日本語に訳されると聞き、ぼくは信じられないぐらい、ほこらしい気持ちでいます。
ぼくがこのお話を書くことで、覚醒されたように、このお話を読んだみなさんの心に、何かが芽生えますように。
ぼくらは皆、同じボートに乗っています。
ぼくらは誰しも、未来や人と人のつながり、意義を求めています。
文学は言葉や国境をこえ、ぼくらをつないでくれるのですね。
この本を読んでくれて、ありがとう。

シモン・ストランゲル

参考:

TEDより https://www.ted.com/talks/anders_fjellberg_two_nameless_bodies_washed_up_on_the_beach_here_are_their_stories

参考:TED 難民になるってどんなこと?

参考:TED 崩壊しゆく難民制度を建て直そう

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