書影
『このTシャツは児童労働で作られました。』シモン・ストランゲル著、汐文社、2013年
“Verdensredderne”, Simon Stranger
あらすじ
本を読んだり、映画を観たり、音楽を聴いたり、インターネットでおしゃれな服をチェックしたりするのが好きな平凡な高校一年生の少女、エミーリエは、ある日H&Mで男の子が値札にシールを貼っていることに気が付いた。シールには、「このTシャツは児童労働でつくられました。」という文と、『世界を救おう』というグループのブログのアドレスがプリントされていた。
家に帰り、『世界を救おう』のブログをチェックしたエミーリエは、H&Mの服が安いのは、バングラデシュなど途上国の人達が最低限の生活を送るのもままならないほほど安い賃金で奴隷のように長時間こき使われているからだと知り、ショックを受ける。しかもその中には子どももいるらしい。
アントニオというその男の子とブログで連絡をとったエミーリエは入団試験を受け、無事グループの仲間入りを果たす。
しかしメンバーの一人であるアウロラという女の子が、アントニオとやけに仲が良く、エミーリエに何かとつっかかってくる。カカオのプランテーションで行われている人身売買や児童労働へ抗議運動の時など、スーパーのチョコレートにこっそりシールをはろうとしているのを店員に見つかりそうになったエミーリエが、誤魔化すために仕方なくチョコレートを買って戻ってくると、皆の前で激しく文句を言いだした。ひょっとしてアウロラもアントニオのことを好きなんじゃ? アントニオに好意を抱き始めていたエミーリエは、次第に不安をつのらせていく。
工場で長時間労働が行われているアップル社への抗議運動など、グループが地道な活動を続ける中、グループを揺るがす事件が起きた。チョコレート会社の広報部長と清掃員の車の窓ガラスがわられ、車の側面にペンキで、『世界を救おう』といたずら書きがされていたのだ。一体誰がこんなことを?
鶏への虐待に反対し、養鶏場に忍びこもうという日に、グループの活動に突然参加することになった男性新メンバー、シメンが、グループの方向性をはき違え、活動は次第に過激化していく。そのことに危機感をつのらせたメンバーのラーシュやリーセが、グル―プを離れると言い出すなど、グループ内に不協和音が生じはじめ……。
児童労働や過酷な長時間労働、グローバル化による経済格差、残虐でずさんな食肉産業の実態などの問題を、恋愛や友情模様を交えながら、みずみずしく描いた青春小説。スリリングで面白いのに、深く考えさせるので、エンターテイメント作品としても楽しめ、同時に読書感想文の題材としても有益では。
著者情報
シモン・ストランゲル(Simon Stranger)
一九七六年、ノルウェーのオスロに生まれる。オスロ大学で哲学と宗教史を学んだ後、作家校校に一年通う。
二〇〇三年、国際貿易により生まれる格差と貧困の問題を扱った大人向けの小説、『この一連の出来事を僕らは世界と呼んでいる』でデビュー。
二〇〇六年、子ども向けの読み物『イェンガンゲル』で、リクスモール協会児童書賞を受賞。その作品は現在九か国語に翻訳されている。
YA『バルザフ』が翻訳されている七か国のうちパレスチナに赴き、現地の子どもたちや大学生と作品について議論をした。『バルザフ』のアラビア語への翻訳書が二〇一二年IBBY(国際児童図書評議会)オナーリストでパレスチナの最優良翻訳作品に選ばれる。
アジアやアフリカのスラム街を旅したり、 世界の貧困の問題や大気汚染をなくすための運動や、中国で障害者への支援活動に参加したりした経験をもとに書い本書をノルウェーで二〇一二年三月に発表。現在服飾デザインの仕事をしながら、ヴェトラムにフェア・トレードの縫製工場をつくるプロジ ェクトにも参加してい る作者は、問題の解決は一朝夕にはなしえないということを日々痛感 している。
著者あとがき
日本の読者のみなさんへ
今ぼくはノルウェーの首都オスロの郊外にある自宅のバルコニーで、潮風をほおに感じながら、この文章を書いています。地球の向こう側の日本で暮らすみなさんが、この本を手にとってくださっているところを想像すると、不思議な気持ちになります。また同時に、さまざまな人への感謝の思いと、喜びの感情がわき上がってきます。ぼくは一人じゃないんだ、そう思えます。ノルウェーに暮らすぼくたちだけでなく、大陸の向こうにいるみなさんがぼくと同じ思いを共有しているのだと。
ぼくらが持つこの思いの根底にあるのは、ごく単純なものです。それはぼくらの心に生まれつつある違和感です。日常生活への違和感。ぼくたちの生活はどこかまちがっているのではないかという思いが、次第にふくらんできているのです。この違和感をなくそうと、自分たちの買う品物がどこでつくられ、どこから輸入されたものなのかを意識する人が増えてきています。ぼくたちの身の回りにあるものの背景に、どんな人生の悲喜こもごもがひそんでいるのかを知りたいと思う人たちが。そのような違和感や意識、思いからこの小説は生まれました。
ぼくがはじめに違和感を覚えたのは、裏事情があるとすでに世間で知られていた、チョコレートに対してでした。そこからさらに興味は広がっていきました。ぼくのズボンに使われている綿花はだれがつんだものなんだろう? うちの子どもたちのTシャツをぬったのは? 携帯電話に使われている鉱物や鉄鋼を採掘したのは、だれ?
こんなことを考えたり、おもちゃやTVやコンピューターがどこでつくられているのかを本で調べたりしていくうちに、霧が晴れるようになぞが解けていきました。同時にいだいていた疑念が、確信に変わるのを感じました。いえ、現実はぼくが思っていた以上に悲惨なものでした。
世界には、スラムに暮らす人がたくさんいます。その多くがぼくらが日常生活の中で使っている製品の原料をつくっています。そういう人たちの中には未成年の子や、親元をはなれ工場の寮でねとまりしたりしている人もいます。電池や携帯電話、コンピューターに使われているコルタンを採掘するため、コンゴの鉱山で働いている人もいます。中国の工場で目覚まし時計やiPadやハード・ディスクや体重計の部品をつくっている人も。大きなおけで綿を染める人や、エビの殻をむく人、機械を動かすのに必要な石炭をほる人。ぼくらが日々生活できるのは、そういった人たちのおかげです。しかしぼくらはそのことを分かっているようで分かっていません。
これらはグローバル化と価格競争がもたらした結果です。私には関係ないと言う人もいるかもしれません。でもこれはぼくたちが生きるこの世の中で起きている問題なのです。
一つ、覚えておいてください。君たち個人に、直接の責任はないってことを。時々ぼくは若い人たちがこの本を読むことで、行き過ぎた罪悪感をいだいてしまうのではないかと心配になります。過度に責任を感じ、自分をさげすんだり、悲観的になったりしてしまうのではないかって。若いころのぼくが、ちょうどそうだったように。
そんな風に君たちが感じても、世の中は何も変わりません。世界のどこで生まれるかは、自分たちでは選べません。それにグローバル化された世界の構造は、個人の力で変えることは困難です。グローバル化はみんなで立ち向かわなくてはならない問題なのです。状況を変えるため、まずは問題があることを知り、事実として受け入れなくてはなりません。ぼくがこの小説を書いたのは、そのためです。
ぼくは日頃、フェア・トレードのコーヒーを買うようにしています。作家業のかたわらしている縫製の仕事では、ベトナムや中国の良識的な生産者から仕入れた布を使うようにしています。ただそういった生産者は実際のところ、ごく少数です。
この作品の中に出てくるH&Mは、ノルウェーでは一番大きな洋服チェーンの一つです。H&MグループはH&Mだけでなく、COSやWeekday(いずれも日本未出店)などのブランドも展開しています。それらの店舗は、世界各地にあります。このグループには、社会的な責任があります。下うけ業者をすべては把握していないなんて言い訳は通用しません。彼らには、それを把握しておく義務があるのです。さらに彼らはこう言うかもしれません。自分たちは労働者に対し、最低賃金をはらっているって。でもこの言い訳も通用しません。なぜなら企業側はその最低賃金で労働者が生活できないということに、気がついているはずだからです。このようなことは今後は許されません。時代は変わったのです。
どの人もショッピングの帰りに、これは一体どこでつくられたんだろう? と不安になったり、罪悪感をいだいたりはしたくないはずです。またチェーン店側も、奴隷労働の後押しをしたいと思ってはないでしょう。今こそ変わるべき時です。先進国の消費者としてぼくらは着かざることばかりを気にするのではなく、誇れる行動や暮らしをする努力をしなくてはなりません。これらの努力はむだにはならならずに、問題の解決につながるはずです。君たちも世界を救うために、できることからはじめてください。きっとそれは、必要なことなのです。
二〇一二年十月五日 シモン・ストランゲル
©Simon Stranger *ブログへの掲載は作者に許可をいただいています。
訳者あとがき、さらに知りたい人へ
訳者あとがき
みなさんは安いものは好きですか? おこづかいは限られていますから、安いものを買いたいと思うのは自然なことです。でもほんの時々でよいので考えください。ものの値段が安いということはそのかげで、ぎせいになっている人がいるということを。
二〇一二年の十月、ファスト・ファッション・ブランド、H&Mが生まれたスウェーデンとそのおとなり、ノルウェーで、あるドキュメンタリー番組が放送されました。カンボジアにあるH&Mの下うけ工場で工員が週七十時間にもおよぶ長時間労働を強いられ、最低限の生活を送れるだけの賃金をもらえていないというのです。
それを見たこの本の作者、シモン・ストランゲルさんはH&Mの最高経営責任者(CEO)にメールをして、賃金の引き上げと長時間労働の中止を求めました。すぐに社員から代理で返信があり、九月にCEOがバングラデシュの首相と会談をし、国内の繊維産業の最低賃金引き上げを求めたと書かれていました。その努力を一部認めつつも、十分ではないと感じたシモンさんは、新聞記事やラジオでもH&Mに労働環境の改善を求めました。また改善をしてくれないなら、H&Mの商品は買えないと言いました。
たくさんの人が一丸となって商品を買わないことで、企業に改善を求める運動を不買運動といいます。また作品の中に出てくるような抗議運動も現状を変える手段の一つです。例えば一九九八年に世界的企業であるナイキに対し世界中で抗議運動が行われました。中でもサンフランシスコの人権団体グローバル・エクスチェンジは、インドネシアにあるナイキの下うけ工場の賃金を倍にするよう求め、三週間後にはインドネシアの工員のうち三割の人たちの給料を二十五パーセント上げ、五か月後にさらに六パーセント上げるという約束を取りつけました。ただ作者が作品中で警鐘を鳴らしているように、このような運動は時に過激化することがあるので注意しなくてはなりません。
不買運動をする前に、まずはどの会社で児童労働、奴隷労働が行われているかを調べなくてはなりません。残念ながら日本国内の企業の取り組みについて、体系的に調査・公表をしている団体はほとんどありませんから、企業のサイトなどでチェックする必要があります。中にはそのようなことについて、全くと言ってよいほどど触れていない企業もあります。そういう場合は、直接聞いてみるとよいでしょう。声を上げる人たちが増えれば、企業は商品が売れなくなることをおそれ、重い腰を上げざるをえません。
この作品には、このような縫製産業の実態だけでなく、チョコレート産業で行われている児童労働や人身売買、アップル社の工場での長時間労働、養鶏場におけるニワトリへの虐待、グローバル化による経済格差の問題など、いくつもの問題が描かれています。また物語の最後にリーナの働く縫製工場で起きた事故はフィクションですが、一九九三年バンコク、二〇一〇年バングラデシュ、二〇一二年パキスタンやバングラデシュなどで似た事故が実際に起こっています。
このような状況を変えるために、他にできることはないのでしょうか?
シモンさんはフェア・トレード(発展途上国の原料や製品を、適正な価格で買うことで、生産者にその労働に見合ったお金をはらえるようにする公正な貿易)の商品を買うよう心がけているそうです。みなさんもお家の人にお願いしてもよいでしょう。ただフェア・トレード製品は天災、異常気象、価格の暴落など特に農産物の生産にはらむリスクを消費者や企業が生産者と分かち合うため、通常の製品より少し高い場合があるようです。なのでお家の人には、お金の許す範囲でと伝えましょう。これらの商品を買う人が増えれば、一人一人の負担は減り、価格は安くなります。
シモンさんは企業が改善するだけでなく、世界の国々が国際的な決まりを作る必要性も感じているそうです。例えばアメリカでは、一九三〇年に強制労働によって作られた製品の輸入を禁止する法律が制定されました。また後の改正により、児童労働が関わった製品の輸入も禁止するようになりました。さらに一九八四年の通商関税法で、児童労働によって作られていたり、労働者の権利が守られていなかったりする商品を、諸外国がアメリカに輸出する際、優遇策を受けられないと決めました。日本でこのような決まりを作れるのは主に国会議員です。二十才になればそのような取り組みに熱心な候補者に投票することができます。
また、http://acejapan.org/modules/tinyd5/(児童労働の撤廃と予防に取り組む国際協力NGO、ACEのサイトより)で紹介されているように、児童労働をなくす署名に参加したり、いらなくなったブランド品や商品券を世界の子どもたちに送ったりすることもできます。
また問題を知ることも大切です。この後の、『さらに知りたい人へ』を参考にしてください。シモンさんはFacebookやご自身のブログ、講演などでも、この本で取り上げた問題を語っています。みなさんぜひお友だちやご家族に話してみてはどうでしょう?
そうした小さな積み重ねが、社会全体を変えることにつながっていくはずです。
さらに知りたい人へ
読書感想文を書こうとしている皆さん。以下の書籍、サイト、DVDをみて参考にしてください。より充実した内容の感想文が書けますよ。
《チョコレート産業について》
◆『チョコレートの真実』キャロル・オフ作、北村陽子訳、英知出版、二〇〇七年
◆『わたし8歳、カカオ畑で働き続けて。~児童労働者とよばれる2億1800万人の子どもたち』児童労働を考えるNGO=ACE、岩附由香、白木朋子、水寄僚子著、合同出版、二〇〇七年
《縫製業について》
◆http://www.ethicalfashionjapan.com/2012/06/anti-slavery-intl-01/(エシカルファッション情報サイト、人権保護団体によるアパレル工場の労働報告書について)
◆http://www.ethicalfashionjapan.com/2012/04/20120413-02-h-m/(二〇一一年のH&Mの年次報告書について)
◆http://www.labourbehindthelabel.org/campaigns/itemlist/category/250-company-profiles(英語)(世界の縫製業で働く人たちの労働環境の向上をうったえるLabour Behind the labelのサイト、世界的なアパレル会社による最低賃金を保証するための取り組みについての評価)
◆https://www.hm.com/jp/customer-service/faq/our-responsibility(H&Mのサイト、労働環境の改善を果たす企業の責任について)
《アップル社などの工場について》
◆『中国貧困絶望工場 「世界の工場」のカラクリ』アレクサンドラ・ハーニー作、漆嶋稔訳、日経BP社、二〇〇八年
◆『現代中国女工哀史』レスリー・T・チャン著、栗原泉訳、白水社、二〇一〇年
《食肉産業について》
◆映画『フード・インク』ロバート・ケナー監督、二〇〇八年製作、二〇一一年一月から日本で上映。DVD販売、レンタル中。
《グローバル化による経済格差の問題について》
◆『フェアトレードの時代』長尾弥生著、日本生活協同組合連合会、二〇〇八年
◆『世界の半分が飢えるのはなぜ?』ジャン・ジグレール作、たかおまゆみ訳、合同出版、二〇〇三年
◆映画『ありあまるごちそう』オーストリアのエルヴィン・ヴァーゲンホーファー監督、二〇〇五年製作、二〇一一年二月から日本で上映。DVD販売、レンタル中。
書評など
第46回岩手読書感想文コンクールの課題図書に選ばれました。
思い出
2011年冬、ノルウェーの文学団体Norlaの助成でノルウェーに行きました。Norlaの担当の方がご親切にもエージェントやIBBY Documentation Centerなど様々な機関にアポを取ってくださったおかげで、大変有意義な時間を過ごすことができました。また帰りにはドイツのフランクフルト・ブックフェアに立ち寄り、そこで本作 『このTシャツは児童労働で作られました。』の版元であるCappelen社の版権担当の方とお話する機会を得ることができました。
帰国後も、Cappelen社の方は本を郵送して下さったり、作品のPDFファイルをメールで送ってくださったりと大変親切にしてくださいました。そうした中で出会ったのが本作、 『このTシャツは児童労働で作られました。』です。作品を読んですぐに概要をまとめ、汐文社さんに企画を提案し、刊行が決まりました。
Norlaの方やCappelen Agencyの皆さんのご親切のおかげで、何とかこうして形にすることができ感慨深いです。
またこの作品の素晴らしさを見出し、日本での刊行を実現させてくださった、汐文社の仙波敦子さん、どうもありがとうございました。
最後に素晴らしい作品を創ってくださった上、日本の読者に向けて特別にメッセージまで書いてくださった著者のシモン・ストランゲルさんにも御礼申し上げます。