Reiko Hidani HP

01. ウッラの小さな抵抗

書影

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『ウッラの小さな抵抗』インゲ・クロー作、杉田幸子絵、文研出版、2005年

あらすじ

1940年4月から5年間、デンマークはナチス・ドイツに占領されていた。ユダヤ人迫害の手は、ウッラのピアノの先生にもせまっていた。

「先生を家にかくまってあげれば。」と言うウッラに、お母さんは危険だからかかわってはいけないと答える。ウッラは初めてお母さんに不信感をおぼえる。

親友のグレタと遊んでいたウッラは、地下室であやしい人影を見る。やがて二人は、つきまとう密告者におぼえながら、ユダヤ人救出に立ち会うことに……。

ナチス占領下のデンマークに暮らす、思春期の多感な少女を、自らの体験に重ねて生き生きと描いた作品。

あとがき

1943年秋のある日、ウッラはお母さんから、ピアノのマイヤー先生はユダヤ人で、ナチスに連行されるおそれがあると聞かされます。家にかくまってあげればと言うウッラに、お母さんは危険だからかかわってはいけないと答えます。このときウッラは初めて、お母さんに不信感をいただきます。

別の日、ウッラと親友のグレタは地下室であやしい人影を見ます。両親がドイツ軍に連行され、一人残されたユダヤ人の青年デーヴィッドを、グレタのお父さんがかくまってくれたのです。スウェーデンに逃すために北の港へ連れて行くというお父さんに、グレタは自分たちもいっしょに行くと言いだします。ウッラの両親に知られたらどうなると反対するおじさんに、お父さん、お母さんに言う必要はないと答えるウッラ。ウッラは、両親を裏切る言葉にぞっとしますが、同時に自分で決断できたことに、自由になった感覚をおぼえます。こうしてウッラたちは、ドイツ軍の手引きをする密告者に追われながら、デーヴィッドを送っていきます。そして、抵抗運動をつづけるグレタのお父さんにも、逮捕、連行の危機が迫ります。ウッラたちは最悪の事態をきりぬけることができたのでしょうか?

この作品を読むと、戦争がデンマーク国民に落とした影は、爆弾による被害だけではないことがわかります。グレタのお父さんのようにドイツ軍への抵抗運動を支援する人、クラウル先生のようにドイツ軍に味方する人、またウッラの両親のように身を守るために波風を立てないほうがよいと考える人など――だれもが自らの立場の選択を迫られ、親しかった人同士が敵対していったこともまた、戦争がもたらした悲劇の一つです。

当時、作者のインゲ・クローさんはウッラより一つ年下の11歳でした。このお話しはもちろんフィクションですが、マイヤー先生に電話がかかってくる場面など、多くのエピソードが作者自身の体験がもとになっています。インゲ・クローさんは当時のことを次のように語ってくれました。

「まだ子供だった私は、戦争中のある時期まで、自分のまわりで何が起こっているのかよくわかりませんでした。しかしある日、イギリス軍の飛行機から落とされた爆弾で、わたしの近所の友人が命を落とし、また父親の知り合いも、ドイツ軍の密告者にピストルで撃たれるというおそろしい事実を立てつづけに耳にし、初めて実感したのです。ああ、これが戦争なんだと。」

2003年、アメリカとイラクの間に戦争がはじまりました。戦争を止めたくても、自分1人の力では何もできないと思った人も多いのではないでしょうか。でもウッラやグレタが勇気をふりしぼってデーヴィッドを助けたように、多くの市民や抵抗運動の活動家が手をつくした結果、当時デンマークに住んでいた7,500人のユダヤ人のうち、7,000人がスウェーデンに逃れ、収容所での死者も50人ほどにとどまったのです。ドイツ支配地域のユダヤ人1,000万人のうち、半数以上が死に追いやられたことを考えると、「たとえ小さなことでも、自分にも何かできるのでは?」と励まされる思いがします。

この作品が戦争のことを考えるきっかけになれば、訳者としてこんなにうれしいことはありません。

最後になりましたが、このあとがきをはじめ、本文や注についても、インゲ・クローさんからていねいなアドバイスをいただいたことを記し、感謝の意を表します。

枇谷玲子

作者情報

インゲ・クロー(Inge Krog)

1932年、デンマークに生まれる。1975年に文化省児童図書賞を受賞。

主な児童文学作品に、『じゃあ、ぼくは?』『家を出る』『十四日おくれ』などがある。これらの作品は、子どもの直面するさまざまな問題をていねいに描きつつ、希望を失うことなく、今なお読者をはげましつづけている。

大人向けの小説や詩も発表している。

画家情報

『ウッラの小さな抵抗』のイラストを描いてくださった杉田幸子さんのご紹介です。

杉田幸子(Sachiko Sugita)

岩手県盛岡市出身。日本児童出版美術家連盟会員。

子どもの生活や動植物、自然をテーマに、絵本や挿絵、版画、カレンダー、カードなどを制作。

主な絵本や挿絵の作品に、『あひるの子』(銀の鈴社)、『のはらのひつじかい』(シーアール企画)、『ヘボン博士の愛した日本』(いのちのことば社)、『<戦争と平和>こども文学館』(日本図書センター)、『ぴったりのプレゼント』(文研出版)、『クリスマスのおとずれ』(ドン・ボスコ社)、『みんなの聖書・絵本シリーズ』全36巻(日本聖書協会)などがある。

http://www.tsurukame.jp/sachiko/index.html(杉田幸子さん公式サイト)

書評など

ウッラの小さな抵抗は……

  • 平成18年度千葉県小・中学校児童生徒読書感想文コンクールの課題図書に選ばれました。
  • 全国学校図書館協議会選定図書に選ばれました。
  • 日本図書館協会選定図書に選ばれました。
  • NPO法人ホロコースト教育資料センターのサイトでご推薦いただきました。http://d.hatena.ne.jp/holocaustcenter2/20111001
    http://booklog.jp/users/therc/archives/4580815068
  • SLBA(学校図書館図書整備協会)選定図書第1期小学校高学年単冊に選ばれました。
  • SLBA選定図書第1期中学校Bセットに収録されました。
  • SLBC特別企画図書ベスト・セレクション小高に収録されました。
  • SLBC特別企画図書ベスト・セレクション中学に収録されました。

思い出

『ウッラの小さな抵抗』は訳者がデンマーク留学中に、デンマーク教育大学児童文学センターの教授から勧めていただいた本です。

訳出に際し、ドイツに占領されていた当時のデンマークの人たちの生活の様子が、書籍やインターネットなどで調べてもどうしてもつかみきれず、困ってしまう箇所がいくつかありました。そこで作者のインゲ・クローさんにお手紙を書き、質問をしました。すると、とても丁寧なお手紙が返ってきて、大変感動しました。その後出版まで、メールも利用しながら、何度かやりとりをさせていただきました。

本の完成後、インゲさんから喜びのメールが送られてきて、とてもうれしく思ったのを今でもよく覚えています。初めて日本語版『ウッラの抵抗』の表紙を目にしたインゲさんが、何かおかしいわ、ときょとんとしていると、旦那様が「ひょっとしたらその本はデンマークの本とは逆で、右開きなんじゃないかい? こっちが表紙で、それは裏表紙だろ」と教えてくださったとメールに書かれていて、面白いな、と思いました。

残念ながらその4年後の2009年に、インゲさんはご病気でお亡くなりになりました。ここにご冥福をお祈りいたします。

インゲ・クローさんのように、戦時下の体験を今の子ども達に語ることができる人は少なくなってきています。

これからも私は、数十年前に出された古い作品にも注目しながら、戦時下の様子が記録された価値ある作品の発掘、紹介に努めていけたらと考えております。
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上の写真は訳者が撮影した、お隣ノルウェーのホロコースト・センターの外観と資料室の様子です。

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