『いとしいあなた』(Barnet mitt)(原題直訳:わたしの子ども)、ノルウェーMagikon社、56ページ
2016年3月9日と10日にノルウェー大使館で、ノルウェー文学セミナーが行われました。
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9日のノルウェーの児童文学に関するセッションで、「ノルウェーの現代絵本 日本との比較」という題目で発表をされたスヴァイン・ストルクセンさんの営む絵本出版社Magikon社の作品のうち、特に素晴らしいと思った、『いとしいあなた』(Barnet mitt)について書きたいと思います。
『いとしいあなた』(Barnet mitt)の文章を書いたヒルデ・ハーゲルップ(Hilde Hagerup)さんは、ノルウェーを代表する作家、クラウス・ハーゲルップ(Klaus Hagerup)さんの娘さんです。クラウス・ハーゲルップ(Klaus Hagerup)さんの作品のうち、日本語に翻訳されているのは今のところ『ビッビ・ボッケンのふしぎ図書館』(『ソフィーの世界』のヨースタイン・ゴルデルと共著)だけですが、他にも『マルクスとダイアナ』、『空よりも高く』など素晴らしい作品をたくさん描いています。
ヒルデさんも、ノルウェーを代表する児童書作家になりつつあります。
http://www.norway.org.tr/News_and_events/Cultural-Events/Success-for-Norwegian-literature-in-Turkey/#.Vvkqq_mLQ9Y(ノルウェー文学普及財団NORLA とともにトルコで児童書のプレゼンテーションを行ったようです)
http://norla.no/nb/nyheter/nyheter-fra-norla/m%C3%A5nedens-oversetter-eva-dimitrova-kaneva(NORLAの翻訳者賞を獲得したブルガリアの翻訳者さんが今までで一番感動した作品に、ヒルデさんのYA、『タンポポの歌』[Løvetannsang] を挙げています)
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今回ご紹介する『いとしいあなた』(Barnet mitt)は、ヒルデさんが書いた文章に、今回プレゼンテーションを行ったスヴァインさんの奥様、クリスティン・ローシフテ(Kristin Roskifte)さんがイラストをつけた作品です。現地での読者対象は大人だそうです。子どもを持つことのすばらしさを謳った、プレゼントにも最適な1冊です。
類書には、以下の作品が挙げられるかもしれません。
ちいさなあなたへ 作:アリスン・マギー / 絵:ピーター・レイノルズ / 訳:なかがわ ちひろ出版社:主婦の友社 |
おかあさんがおかあさんになった日 作・絵:長野 ヒデ子出版社:童心社 |
ラヴ・ユー・フォーエバー 作:ロバート・マンチ / 絵:梅田 俊作 / 訳:乃木 りか出版社:岩崎書店 |
はやくはやくっていわないで 作:益田 ミリ / 絵:平澤 一平出版社:ミシマ社 |
今日 訳:伊藤比呂美 / 画:下田昌克出版社:福音館書店 |
ママが おうちに かえってくる! 作:ケイト・バンクス / 絵:トメク・ボガツキ / 訳:木坂 涼出版社:講談社 |
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(要約)
夜中うなされているあなたを、わたしは後ろからぎゅっと抱きしめて、耳元で子守歌を歌った。疲れで頭がぼうっとする。あなたの寝息が穏やかになったのを確かめると、わたしはまた眠りについた。
朝がきた。わたしはパンを焼き、牛乳をコップに注ぎ、りんごを切りながら、あなたの声に耳を傾けた。「ねえ、ママ。ジャンプしてみてよ。ジャンプしている時のママって、すっごくおもしろいんだもん」重い足で、私は何とかジャンプする。するとあなたはきゃっきゃっとうれしそうに手を叩いた。するとその手がコップにぶつかり、牛乳がこぼれてしまった。キッチンペーパーではとても吸いきれない。ぞうきんをとりに行かなくちゃ。でも足が重くて、なかなか動けない。
着替え。「ちくちくするからイヤ」と言うあなたに、わたしは無理やりセーターを着せてしまったわ。するとやっぱりあなたは泣き出してしまった。確かにセーターは、ちくちくするわね。わたしはセーターを脱がせると、あなたをひざにのせ、泣き止むのをじっと待った。「保育園に行く?」と私は聞いた。でも本当はそんなこと、聞いちゃダメよね。決めるのは、大人なんだから。行かないって言われたところで、どうしようもないもの。質問をするなら、はっきりと分かりやすく。
ようやく家を出る。あなたの手を引き、階段を下りながら、わたしはふと考えた。こんな風に毎日、手を引っ張られて、あなたはどんな気持ちなんだろう? 痛い時だってあるわよね。
道端で野イチゴを見つけ、嬉しそうに摘もうとするあなた。暖かく見守ってやりたいのに、ついつい時計に目がいってしまう。
ようやく保育園に着いた。あなたの冷たい手を握りしめながら、爪に砂が入りこんでいるのに気付いて、しまったと思う。おまけに今日、森に散歩に行くのに、ココアを持ってこなくてはいけなかったのに、忘れてしまった。「毎日ちゃんと掲示板を確認してくださいね」と先生。泣き出しそうになるあなた。すると別の先生が、「今からココアを沸かすから大丈夫。さあ、お母さん、安心して仕事に行ってください」と言って、優しくほほえみかけてくれた。でも私は自分が情けなくてしかたがなかった。
仕事場でその日、会議があったけれど、私は物思いにふけってしまった。私はあなたからどれだけのものを奪ってきたんだろう? あいまいな質問をしたり、朝、あなたをせかしたり、言うことを聞かせたいあまり、甘いものをあげてごまかしたり、公園にろくにつれていけなかったりすることで。きっとたくさんのものを奪ってきたんだわ。数えきれないぐらい、たくさんのものを。
お昼休み、私は食堂でコーヒーを買うと、窓際のテーブルに腰かけ、町を見下ろした。人、人、人。肩車されて、お父さんの肩の上から世界を見下ろす子ども。あなたもいつか私の背を追い抜いてしまうかもしれないわね。そして私はおばあさんになる。今下にいるお年よりみたいに腰がまがり、のろのろと横断歩道を渡るようになるんだわ。
仕事が終わると、保育園にあなたを迎えに行く。いつもより早く着いたのに、あなたはもう門の前で待っていた。私はあなたを抱き上げ、髪にキスをした。「今日のお散歩はどうだったの? 森に行ったの?」でもあなたは答えない。それはあなたの秘密なんでしょうね。でも、私は知りたい。あなたが何を考えているのか。私が母親として十分なことができているのか。
帰り道、公園によった。「かけっこしよう」とせがむあなた。でも私は疲れて走る気がしなかった。するとあなたは泣き出した。私はしゃがんであなたと目線を合わせた。子どもの目。私はあなたが赤ちゃんの時のことを思い出した。もっと色々なことをしてあげられたらよかったのにって、後悔ばかりが押し寄せてくる。あなたはもう4歳になってしまった。「かけっこしようか」わたしが言うと、あなたは首を横に振った。「おうちに帰りたい」
家に帰ったわたしたちは、レゴ・ブロックでお城を作り、幼児番組を観てから、お風呂に入った。わたしがシャンプーの泡に息を吹きかけて飛ばすと、あなたはうれしそうに笑った。
夕飯を食べ終えると、あなたを寝かしつける。あなたはなかなか寝ようとしない。時々、わたしは怖い夢を見る。朝起きたらあなたがいなくなっていたって夢。この4年の間に、私の人生の中心になったあなたが、ある日突然いなくなったら、わたしはどうなってしまうんだろう? どうしてか分からないけれど、耐えられないと思った。
あなたの寝息が聞こえてきた。あなたはくまのぬいぐるみを抱え、眠っている。あなたのほっぺたは赤い。あなたは世界一うつくしい子。世界一すてきな子。面白くて、頭がよくて、勇敢で。あなたはわたしの子ども。わたしはあなたのお母さん。
体を縮こまらせて眠るあなたを、後ろから抱きしめる。あなたがお腹にいた時みたいね。あの時、わたしはあなたで、あなたは私だった。あの時、すべてがはじまったのよね。わたしとあなたの世界が。あなたは眠っている。いとしいあなた。
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Magikon社のスヴァインさんは、ノルウェー文学セミナーで、「子どもをお腹の中で育て、産み、母乳をあげるので、どうしても母親の方が子どもとの距離が近くなりがちだけれど、この絵本の主人公は別にお父さんだっていいんですよ」とおっしゃっていました。「日本では母親ばかりが、仕事と子どもどちらをとるかの選択に迫られることが多いそうですが、そんなの選べるわけありませんよ。不公平ですよ」ともおっしゃっていました。
スヴァインさんが今回、日本に行くと聞いたお子さん達は、「どうしてパパ、日本に行くの? 行かないで」と言ってきたそうです。今回は奥さんに子どもを任せて、日本に来ることにしたそうですが、日本滞在中、美しい景色を目にする度、子ども達や奥様にも見せてあげたい、と感じ、次回日本に来る時は、絶対に家族も連れてきてあげよう、と心に決めたそうです。
子育ての大変さだけでなく、喜びをも夫婦で分かち合う。子どもの成長をともに見守る。美しいものを家族みんなで見て、嬉しい気持ちを共有する。そんな家族の形があるのですね。
スヴァインさんは、毎年ボローニャ・ブックフェアに参加され、人との出会いを大切にされているそうです。今回のボローニャにも参加されるそう。「メールでPDFを送れば済むこのITの時代に、世界中から絵本関係者が大量の本を持ってブックフェアにやって来る。ひどく原始的なやり方だけど、やっぱり人は直接顔を合わせて話がしたいんですね」とおっしゃって、瞳を輝かせる姿が印象的でした。
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(性別役割分業か、共働きか?)
これから私達日本人の家族の形はどのように変化していくのでしょう? 私達は岐路に立たされています。
NHK『オイコノミア』「幸せですか⁉ 共働きの経済学」 http://mamari.jp/16337
出典:http://mamari.jp/item/820659
出典:http://mamari.jp/item/826024
出典:http://otona-no-senaka.org/column/1087/
出典:http://berd.benesse.jp/berd/center/open/berd/backnumber/2008_16/fea_mutou_01.html
http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=5741(白河桃子×古市憲寿 対談(上) もっと「お母さん」を大事にしてもいい)
上の作品とは対極の意見もあります。北欧のやり方が何でも正しいとは限りません。議論を重ねた上で、私達に一番あった形を選択していければ、どんなにいいかと願わずにはおれません。
ノルウェーの保育園事情 http://mainichi.jp/articles/20160330/dde/012/100/061000c(保育園増やせば解決か 「子育ては母」日本、「夫婦で育児」ノルウェーを比較)
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その他ノルウェー文学セミナーで紹介されていた作品
(児童書)
http://norla.no/nb/focus_titles/17-Tokyo-2016-BU.pdf