伊藤詩織さんが出演した北欧のトーク番組で、司会者達はなぜ伊藤さんのことを責めなかったんだろう?

北欧のトーク番組に伊藤詩織さんが出演

北欧のトーク番組スカヴラン(Skavlan)の2月16日放送回に、日本人ジャーナリストの伊藤詩織さんが出演した。

司会者はノルウェー人のテレビ・パーソナリティでジャーナリストの、フレドリック・スカヴラン(Fredrik Skavlan)。向かって右手、赤い服の女性は英国の作家のジョジョ・モイーズ

 

司会者は詩織さんが登場前に、「次は日本――レイプ被害を受けた女性の4%しか警察に行かない国です。伊藤詩織さんは被害者の1人です。彼女は文化的タブーを破り、非常に著名なジャーナリストを告訴する選択をしました」とノルウェー語で紹介。その後は英語で会話が展開されている。どなたかが日本語の字幕をいつの間にかつけてくださったようだ。字幕をオンにして、ぜひ観てみて欲しい。番組に今回のブログを書くに当たり、動画を掲載してもよいか問い合わせたところ、ぜひ日本の人達に番組のことを伝えてほしいという答えが返ってきた。

番組について私が一視聴者として以下のようなツイートをしたところ、私のツイートにしては、思いの外たくさん反響があり、この問題への関心の高さがうかがえた。

様々な反応

 この件について以下のようにツイートする人達がいた。 

 

 

  Youtubeのコメント欄にはこんな言葉も。

 

『レイプ』こんなシリアスな問題をニコニコで話すバカな女、Skavian氏に色目まで使ってw『私、レイプ捏造したら BBCが飛びついて得しちゃったわ』って感じね。

 

北欧では性暴力がどのように認識されているのか?

司会者達は被害者である伊藤詩織さんのことを一切責めず、「もしも私の理解が正しいのなら、日本社会の構造に問題があるのではないか」と述べていた。 どうしてこのような理性的で思慮深い対応ができたのだろう? 北欧の教育、思想に秘密が隠されているのだろうか? hokuounimanabu                                                                                               『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』(サッサ・ブーレグレーン作、邦訳は岩崎書店より2018年5月刊行予定、※制作中につき、表紙デザインを変更する場合があります)というスウェーデンの子ども向けの本を参考に考えてみたい。

5つの支配の手口

『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』では、ノルウェー人のベリット・オースという政治家で社会心理学者が思いついた、他人を支配しようとする人が使う『支配の手口』が5つ紹介されている。 「1.いないものとする どうしたらいい? 男の子ばかりじゃなく、女の子の話も聞くように言いましょう。みんなが同じだけ注目を浴びる権利があります。あきらめないで。いないものみたいにあつかわれるのは、決して許されることではないのですから、おこりましょう。もっと大声を出せるよう、のどをきたえましょう。声を張り上げれば、無視するのが難しくなります。例えば森の中でさけぶことができるでしょう。 2.笑いものにする どうしたらいい?   バカにして笑ってきた人に笑いかけてはいけません。ほかの人が笑われている時に、いっしょになって笑ってもいけません。言い返しましょう。何が楽しいのか、どうして楽しいのか、説明してもらいましょう。 3.情報をわざと与えない 4.どちらを選んでも罰する どうしたらいい?   自分で何が正しいか考えてみましょう。友だちとも話しあってみましょう。あなたに理不尽な要求をしてくる相手が、何を望んでいるのか、聞いてみるのもよいでしょう。 5.責任を押しつけ、恥をかかせる ラジオでレイプされた女の子について話をしています。 ”でも、今時の女の子の服装って、おかしくないですか。まるで売春婦ですよ。襲ってくれ、って言っているようなものじゃありませんか!”  レイプされたのが、された側の責任ということは、絶対にありません。いつだって悪いのはレイプした方です。また両親があなたを罰する時、罰さなくてはならないのを、あなたのせいにするのは、親としての責任を放棄するのと同じです。 どうしたらいい? 人は自分ではどうにもできないことなのに、つい自分の責任と認めてしまいがちです。ほかの人と話をして、何が起きたのか振り返ってみましょう。本当はだれの責任なのか、よく考えるのです。 ************************* これらの手口は、もちろん男性から女性、男の子から女の子だけに使われるわけではありません。自分のことを何らかの理由から優れていると感じ、優位に立とうとする全ての人によって用いられます。例えば、大人から子どもへ。または女の子からほかの女の子へ。  人が意地悪になる方法は、ほかにもいろいろあります。意地悪されたら、何が起きたか、それが本当に正しいことかを、よく考えるのです。名前をつけるのも、よいかもしれません。そうすることで、やってもいないことの罪をかぶらずにすみます」 

権力って何だろう?

この本の『権力って何だろう?』という章には、こう描かれている。 「権力を持つ人は、決めることができます。ほかの人のことを。何が美しく、何がみにくいのかを。何にお金を使うか。そのほか、たくさんのことを……」 「権力をよい方向に利用し、ほかの人の役に立つ決定をすることもできます。ところが逆に権力を乱用し、民衆を押さえつけることだってできるのです」   私達の社会は今のままでよいのだろうか? 考え続けたい。

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